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十善法語 / 巻第二・不偸盜戒

佛在世ニ頻婆遮羅王ハ世ニ謂ユル仁君シヤカ。律中ニカウシタ緣事カ有シヤ。ソノ春宮タルトキ。隣國ノ盎識王ハ勢ツヨク。此摩竭陀ハ勢ヨハシ。每年盎識ノ大臣摩竭陀ニ來テ其貢獻ヲ責ル。或時彼大臣頻婆遮羅太子ニ途ニ遇フ。自ノ國勢ヲ恃テ車ヲ下ラス。太子云。何者カ我前ニ在テ不敬ナルト。大臣云。盎識ノ大王我ヲ使シテ貢獻ヲ責ルト。太子云。汝カ國モ灌頂大王。我國モ灌頂大王。汝ハ汝カ國ニ在テ人民ヲ治ヨ。我國ニ來テ不敬ヲナスヘキ理ナシト。大臣此言ヲ聞テ。默シテ盎識ニ歸リ。此ヲ其王ニ奏ス。盎識王憤テ。別ニ使ヲ馳テ摩竭陀ニ告ク。汝カ國先王已來我國ニ貢獻怠ラス。異言アルコトナシ。今太子ノ言甚雄異ナリ。我面タリ決セント思フ。太子ヲ我國ニ送ルヘシ。然ラスハ四部ノ兵ヲ率テ王都ニ陣スヘシト。摩竭陀ノ大臣モ父王モ其威ニ怖レテ答ヲ猶豫ス。太子コレヲ聞テ其大臣ニ命ス。コレ何ノ難キコトカアル。彼ニ答テ云ヘ。太子汝カ國ニ往ヘシ。太王自ラ四部ノ軍ヲ率テ國境ニ迎ヘシト。終ニ小衆ヲ以テ大軍ヲ敗リ。盎識ノ國ヲ領シ。兩國ノ人民ヲ撫育セシト。カウシヤ。仁慈ノ勇威ハ强キシヤ。外典ニモ仁者ハ敵ナシトアル。

新字:仏在世ニ頻婆遮羅王ハ世ニ謂ユル仁君シヤカ。律中ニカウシタ縁事カ有シヤ。ソノ春宮タルトキ。隣国ノ盎識王ハ勢ツヨク。此摩竭陀ハ勢ヨハシ。毎年盎識ノ大臣摩竭陀ニ来テ其貢献ヲ責ル。或時彼大臣頻婆遮羅太子ニ途ニ遇フ。自ノ国勢ヲ恃テ車ヲ下ラス。太子云。何者カ我前ニ在テ不敬ナルト。大臣云。盎識ノ大王我ヲ使シテ貢献ヲ責ルト。太子云。汝カ国モ灌頂大王。我国モ灌頂大王。汝ハ汝カ国ニ在テ人民ヲ治ヨ。我国ニ来テ不敬ヲナスヘキ理ナシト。大臣此言ヲ聞テ。黙シテ盎識ニ帰リ。此ヲ其王ニ奏ス。盎識王憤テ。別ニ使ヲ馳テ摩竭陀ニ告ク。汝カ国先王已来我国ニ貢献怠ラス。異言アルコトナシ。今太子ノ言甚雄異ナリ。我面タリ決セント思フ。太子ヲ我国ニ送ルヘシ。然ラスハ四部ノ兵ヲ率テ王都ニ陣スヘシト。摩竭陀ノ大臣モ父王モ其威ニ怖レテ答ヲ猶予ス。太子コレヲ聞テ其大臣ニ命ス。コレ何ノ難キコトカアル。彼ニ答テ云ヘ。太子汝カ国ニ往ヘシ。太王自ラ四部ノ軍ヲ率テ国境ニ迎ヘシト。終ニ小衆ヲ以テ大軍ヲ敗リ。盎識ノ国ヲ領シ。両国ノ人民ヲ撫育セシト。カウシヤ。仁慈ノ勇威ハ強キシヤ。外典ニモ仁者ハ敵ナシトアル。

書き下し

仏在世ニ頻婆遮羅王ハ世ニ謂ユル仁君シヤカ。律中ニカウシタ縁事カ有シヤ。ソノ春宮タルトキ。隣国ノ盎識王ハ勢ツヨク。此摩竭陀ハ勢ヨハシ。毎年盎識ノ大臣摩竭陀ニ来テ其貢献ヲ責ル。或時彼大臣頻婆遮羅太子ニ途ニ遇フ。自ノ国勢ヲ恃テ車ヲ下ラス。太子云。何者カ我前ニ在テ不敬ナルト。大臣云。盎識ノ大王我ヲ使シテ貢献ヲ責ルト。太子云。汝カ国モ灌頂大王。我国モ灌頂大王。汝ハ汝カ国ニ在テ人民ヲ治ヨ。我国ニ来テ不敬ヲナスヘキ理ナシト。大臣此言ヲ聞テ。黙シテ盎識ニ帰リ。此ヲ其王ニ奏ス。盎識王憤テ。別ニ使ヲ馳テ摩竭陀ニ告ク。汝カ国先王已来我国ニ貢献怠ラス。異言アルコトナシ。今太子ノ言甚雄異ナリ。我面タリ決セント思フ。太子ヲ我国ニ送ルヘシ。然ラスハ四部ノ兵ヲ率テ王都ニ陣スヘシト。摩竭陀ノ大臣モ父王モ其威ニ怖レテ答ヲ猶予ス。太子コレヲ聞テ其大臣ニ命ス。コレ何ノ難キコトカアル。彼ニ答テ云ヘ。太子汝カ国ニ往ヘシ。太王自ラ四部ノ軍ヲ率テ国境ニ迎ヘシト。終ニ小衆ヲ以テ大軍ヲ敗リ。盎識ノ国ヲ領シ。両国ノ人民ヲ撫育セシト。カウシヤ。仁慈ノ勇威ハ强キシヤ。外典ニモ仁者ハ敵ナシトアル。

現代語訳

仏在世に、頻婆娑羅王は世に言う仁君であるが、律の中にこうした因縁があるのである。その皇太子であった時、隣国の盎識王は勢いが強く、この摩竭陀国は勢いが弱かった。毎年、盎識国の大臣が摩竭陀国に来て、その貢ぎ物を責め立てた。ある時、その大臣が頻婆娑羅太子に道で出会った。自国の勢いを頼んで車から降りなかった。太子は言った。「何者が私の前で無礼をはたらくのか」と。大臣は言った。「盎識の大王が私を使いとして、貢ぎ物を責め立てるのである」と。太子は言った。「お前の国も灌頂の大王、私の国も灌頂の大王である。お前はお前の国にいて人民を治めよ。私の国に来て無礼をはたらくべき理由はない」と。大臣はこの言葉を聞いて黙って盎識国に帰り、これをその王に奏上した。盎識王は憤って、別に使者を走らせて摩竭陀国に告げた。「お前の国は先王以来、わが国への貢ぎ物を怠らず、異議を唱えることもなかった。今、太子の言葉は甚だ勇ましく異様である。私は面と向かって決着をつけようと思う。太子をわが国に送れ。さもなくば四種の兵を率いて王都に陣を布くぞ」と。摩竭陀国の大臣も父王もその威勢を恐れて、答えをためらった。太子はこれを聞いてその大臣に命じた。「これに何の難しいことがあろうか。彼に答えて言え。太子はお前の国に行く。大王自ら四種の軍を率いて国境に迎えよ、と」。ついに小勢で大軍を破り、盎識の国を領して、両国の人民を慈しみ育てたという。こうである。仁慈の勇威は強いのである。外典にも「仁者に敵なし」とある。

解説

仁君として知られる頻婆娑羅王の若き日の逸話である。大国の使者の無礼に、太子は同じ灌頂の王として対等に向き合い、脅しに屈する父王や大臣をよそに、小勢で大軍を破って両国の民を慈しんだという。律に伝わる話として尊者は紹介し、仁慈から出た勇気は強いと結ぶ。「仁者無敵」は孟子梁恵王上篇の言葉である。戦の話ではあるが、ここで汲み取りたいのは、相手の力に怯えて筋の通らない要求に従わないこと、そして勝った後に相手の民まで慈しむ度量である。

この章句が説くこと

仁慈頻婆娑羅王仁者無敵対等

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