忍経 / 王龍舒勸誡・小しく忍べば便ち事無し
山谷詩曰:「無人照此心,忍垢待濯盥。」 東萊呂先生詩云:「忍窮有味知詩進,處事無心覺累輕。」 陸遊翁詩云:「忿欲至前能小忍,人人心內有期頤。」又曰:「毆攘雖快心,少忍理則長。」又曰:「小忍便無事,力行方有功。」 省心子曰:「誠無悔,怒無怨,和無仇,忍無辱。」
新字:山谷詩曰:「無人照此心,忍垢待濯盥。」 東萊呂先生詩云:「忍窮有味知詩進,処事無心覚累軽。」 陸遊翁詩云:「忿欲至前能小忍,人人心内有期頤。」又曰:「殴攘雖快心,少忍理則長。」又曰:「小忍便無事,力行方有功。」 省心子曰:「誠無悔,怒無怨,和無仇,忍無辱。」
書き下し
山谷の詩に曰く「人の此の心を照らす無し、垢を忍びて濯盥を待つ」と。 東萊呂先生の詩に云ふ「窮を忍べば味有りて詩の進むを知り、事を處するに心無くして累の輕きを覺ゆ」と。 陸遊翁の詩に云ふ「忿欲前に至るも能く小しく忍べば、人人の心の內に期頤有り」と。又曰く「毆攘は心に快しと雖も、少しく忍べば理則ち長し」と。又曰く「小しく忍べば便ち事無く、力め行へば方に功有り」と。 省心子曰く「誠なれば悔い無く、怒なれば怨み無く、和すれば仇無く、忍べば辱め無し」と。
現代語訳
山谷(北宋の詩人、黄庭堅)の詩にはこうあります。「この心を照らしてくれる人はいない。垢を忍んで、洗い清められる時を待つ」。 東萊の呂先生(呂本中)の詩にはこうあります。「貧しさを忍べば味わいがあり、詩が上達するのが分かる。事を処するのに私心がなければ、煩いが軽くなるのを感じる」。 陸游翁(南宋の詩人)の詩にはこうあります。「怒りや欲が目の前に来ても、少し忍ぶことができれば、誰の心の内にも百歳の長寿がある」。またこうも言います。「殴り合いは胸がすくようでも、少し忍べば道理のほうが長く残る」。さらに「少し忍べばそれで何事も起こらず、努めて行ってこそ功がある」。 省心子は言いました。「誠であれば悔いはなく、思いやれば(本文は「怒」)恨まれることはなく、和やかであれば仇はなく、忍べば辱めはない」。
解説
この章句が説くこと
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