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忍経 / 王龍舒勸誡・情を折るを善と為す

喜怒、好惡、嗜欲,皆情也。養情為惡,縱情為賊,折情為善,滅情為聖。甘其飲食,美其衣服,大其居處,若此之類,是謂養情;飲食若流,衣服盡飾,居處無厭,是謂縱情。犯之不授,觸之不怒,傷之不忍,過事甚喜。 張文定公曰:「謹言渾,不畏忍事,又何妨?」 孔旻曰:「盛怒劇炎熱,焚和徒自傷。觸來勿與競,事過心清涼。」

新字:喜怒、好悪、嗜欲,皆情也。養情為悪,縦情為賊,折情為善,滅情為聖。甘其飲食,美其衣服,大其居処,若此之類,是謂養情;飲食若流,衣服尽飾,居処無厭,是謂縦情。犯之不授,触之不怒,傷之不忍,過事甚喜。 張文定公曰:「謹言渾,不畏忍事,又何妨?」 孔旻曰:「盛怒劇炎熱,焚和徒自傷。触来勿与競,事過心清涼。」

書き下し

喜怒・好惡・嗜欲は、皆な情なり。情を養ふを惡と為し、情を縱にするを賊と為し、情を折るを善と為し、情を滅するを聖と為す。其の飲食を甘くし、其の衣服を美にし、其の居處を大にす、此くの若きの類、是を情を養ふと謂ふ。飲食流るるが若く、衣服盡く飾り、居處厭くこと無し、是を情を縱にすと謂ふ。之を犯すも授けず、之に觸るるも怒らず、之を傷つくるも忍ばず、事を過ぐるも甚だ喜ぶ。 張文定公曰く「言を謹めば渾て畏れず、事を忍ぶも又何ぞ妨げん」と。 孔旻曰く「盛怒は炎熱よりも劇しく、和を焚きて徒らに自ら傷る。觸れ來るも與に競ふ勿れ、事過ぐれば心清涼なり」と。

現代語訳

喜びと怒り、好みと憎しみ、欲望は、どれも情(感情)です。情を養うことは悪であり、情をほしいままにすることは賊(害)であり、情を抑え折ることは善であり、情を滅し尽くすことは聖です。飲食をうまいものにし、衣服を美しくし、住まいを大きくする、こうした類を情を養うと言います。飲食は水が流れるように尽きず、衣服はすべて飾り立て、住まいに飽きることがない、これを情をほしいままにすると言います。侵されても取り合わず、触れられても怒らず、傷つけられても(仕返しには)忍びず、事が過ぎればかえって大いに喜ぶ(これが情を折ることです)。 張文定公(北宋の張斉賢)は言いました。「言葉を慎めば何も恐れることはない。事を忍んだところで、何の差し支えがあろう」。 孔旻(北宋の隠者)は言いました。「激しい怒りは炎暑よりも激しく、和やかさを焼き尽くして、いたずらに自分を傷つける。突っかかってこられても張り合うな。事が過ぎれば、心は涼やかになる」。

解説

王龍舒(南宋の王日休)の勧めとしてまとめられた章の冒頭です。感情を、養う、ほしいままにする、折る、滅する、の四段に分け、折ることを善としています。感情をなくせというのではなく、美食や贅沢で膨らませず、侵されても取り合わない程度に抑えよ、ということです。続く張斉賢の言葉は、口を慎めば恐れることはないと言い、孔旻の詩は、怒りを炎暑にたとえて、和やかさを焼き自分を傷つけるだけだと戒めます。最後の「事過ぐれば心清涼」は、前にあった彭令君の言葉とも響き合っています。怒りは時間とともに必ず冷めるという事実を知っておくだけで、最初の一瞬を越えやすくなります。

この章句が説くこと

怒り節制王日休

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