忍経 / 無疾言劇色
呂正獻公自少講學,明以治心養性為本,寡嗜欲,薄滋味,無疾言,無劇色,無窘步,無惰容,笑悝近之語,未嘗出諸口。於世利紛華,聲伎遊宴以至於博弈奇玩,淡然無所好。
新字:呂正献公自少講学,明以治心養性為本,寡嗜欲,薄滋味,無疾言,無劇色,無窘歩,無惰容,笑悝近之語,未嘗出諸口。於世利紛華,声伎遊宴以至於博弈奇玩,淡然無所好。
書き下し
呂正獻公は少きより學を講じ、明らかに心を治め性を養ふを以て本と為し、嗜欲寡く、滋味薄く、疾言無く、劇色無く、窘步無く、惰容無く、笑悝近の語は、未だ嘗て諸を口に出さず。世利紛華、聲伎遊宴より以て博弈奇玩に至るまで、淡然として好む所無し。
現代語訳
呂正献公(北宋の宰相、呂公著)は若いころから学問に励み、心を治め本性を養うことをはっきりと根本に据えていました。欲が少なく、美食を求めず、早口で荒い言葉を使わず、激しい顔色を見せず、慌てた足取りをせず、だらけた姿を見せず、冗談や下品で卑近な言葉は一度も口にしませんでした。世の利益や華やかさ、歌舞音曲や宴会から、博打や珍しい玩具に至るまで、淡々として好むものがありませんでした。
解説
呂公著の日常の立ち居振る舞いを列挙した一条です。早口の言葉、激しい顔色、せかせかした歩き方、だらしない姿のどれも見せなかったといいます。忍の書にこれが入っているのは、怒りや焦りは、まず言葉と顔と足取りに出るからでしょう。心を治めることを学問の根本に置いたからこそ、外に出る振る舞いも落ち着いていたのです。欲が少なく、娯楽にも淡々としていた点も同じ根から出ています。忙しい日ほど、話す速さや歩く速さを意識して落としてみると、心のほうも少し落ち着くものです。外の形から内を整える工夫として読めます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
修身忍節制所作呂公著
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