忍経 / 待卑僕當寬恕
奴僕小人就役於人者,天資多愚,且寬以處之,多其教誨,省其瞋怒可也。
新字:奴僕小人就役於人者,天資多愚,且寛以処之,多其教誨,省其瞋怒可也。
書き下し
奴僕小人の人に役に就く者は、天資多く愚なり。且く寬を以て之に處し、其の教誨を多くし、其の瞋怒を省きて可なり。
現代語訳
召使いや身分の低い者で人に仕えている者は、生まれつき愚かな者が多いものです。ひとまず寛大に接し、教え導くことを多くして、怒ることを減らすのがよいでしょう。
解説
使用人への接し方を説いた短い一節です。使用人を生まれつき愚かな者が多いと見るのは、身分の分かれた宋代の見方で、今日そのまま受け入れることはできません。それでも袁采が勧めているのは、怒るより教えよ、という点です。相手ができないことを責めても、できるようにはなりません。教えることを増やし、怒りを減らすという処方は、上下関係のある場ではどこでも通じます。今日に引くなら、部下や後輩、新人に対して、できないことを能力のせいにせず、伝え方や教え方を見直す姿勢として読むのがよいでしょう。怒る前に、自分は十分に教えたかを問うことです。
この章句が説くこと
寛容恕教育部下怒り
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『忍経』同居相處貴寬同居の人に不賢なる者有り、非理を以て相擾す。若し間或いは一再ならば、尚ほ與に辯ずべし。百に一の是無く、且つ朝夕此を以て相臨むに至りては、極めて處し難しと為す。同鄉及び同官にも、亦或いは此れ有り。當に其の懷抱を寬くし、無可奈何を以て之に處すべし。
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