忍経 / 處家貴寬容
自古人倫賢否相雜,或父子不能皆賢,或兄弟不能皆令,或夫流蕩,或妻悍暴,少有一家之中無此患者。雖聖賢亦無如之何。譬如身有瘡痍疣贅,雖甚可惡,不可決去,唯當寬懷處之,若人能知此理,則胸中泰然矣。古人所謂父子兄弟夫婦之間,人所難言者,如此。
新字:自古人倫賢否相雑,或父子不能皆賢,或兄弟不能皆令,或夫流蕩,或妻悍暴,少有一家之中無此患者。雖聖賢亦無如之何。譬如身有瘡痍疣贅,雖甚可悪,不可決去,唯当寛懐処之,若人能知此理,則胸中泰然矣。古人所謂父子兄弟夫婦之間,人所難言者,如此。
書き下し
古より人倫は賢否相雜る。或いは父子皆な賢なる能はず、或いは兄弟皆な令なる能はず、或いは夫流蕩し、或いは妻悍暴なり。一家の中に此の患無き者は少し。聖賢と雖も亦之を如何ともする無し。譬へば身に瘡痍疣贅有るが如し。甚だ惡むべしと雖も、決し去るべからず。唯だ當に寬懷もて之に處すべし。若し人能く此の理を知らば、則ち胸中泰然たらん。古人の所謂父子兄弟夫婦の間、人の言ひ難き所の者は、此くの如し。
現代語訳
昔から人の間柄には、賢い者とそうでない者が入り混じっています。父と子がそろって賢いとは限らず、兄弟がそろって立派だとも限らず、夫が遊び歩くこともあれば、妻が気性が荒く乱暴なこともあります。一家の中にこうした悩みがまったくない家は少ないものです。聖人や賢人でさえ、これはどうしようもありません。たとえば体にできものやいぼがあるようなものです。ひどく嫌なものではあっても、切り取って捨てるわけにはいきません。ただ広い心で付き合うしかないのです。もし人がこの道理を知れば、胸の内は安らかになるでしょう。昔の人が、父子・兄弟・夫婦の間には他人には言いにくいことがある、と言ったのは、このことです。
解説
家族の中の困った人とどう付き合うかを説いた『袁氏世範』の一節です。どの家にも、賢くない親子や兄弟、身を持ち崩す夫、気性の激しい妻がいて、聖人でさえどうにもできない、と率直に認めるところから始まります。家族を体のできものにたとえ、嫌でも切り取れない以上、広い心で付き合うしかないと言います。理想の家族を前提にしないこの現実的な構えが、かえって心を安らかにするのです。ただし今日では、暴力や深刻な害を受けている場合まで、寛容で耐えよと読むべきではありません。相談し、距離をとる道もあります。そのうえで、家族の欠点に過度に苦しまない心の置き方として読めます。
この章句が説くこと
寛容家族家訓泰然袁氏世範
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