忍経 / 謝罪敦睦・三斗の醇醋を吃し得て宰相と做る
王沂公嘗言:「吃得三斗醇醋,方得做宰相。」盡言忍受得事也。 趙清獻公座右銘:待則甚,喜任他怎奈何,休理會。人有不及,可以情恕,非意相干,可以理遣。盛怒中忽答人簡,既形紙筆,溢流難收。 程子曰:「憤欲忍與不忍,便見有德無德。」 張思叔繹詬罷僕夫,伊川曰:「何不動心忍性?」思叔慚謝。
新字:王沂公嘗言:「吃得三斗醇醋,方得做宰相。」尽言忍受得事也。 趙清献公座右銘:待則甚,喜任他怎奈何,休理会。人有不及,可以情恕,非意相干,可以理遣。盛怒中忽答人簡,既形紙筆,溢流難収。 程子曰:「憤欲忍与不忍,便見有徳無徳。」 張思叔繹詬罷僕夫,伊川曰:「何不動心忍性?」思叔慚謝。
書き下し
王沂公嘗て言ふ「三斗の醇醋を吃し得て、方に宰相と做り得」と。盡く言ふこころは事を忍受し得るなり。 趙清獻公の座右の銘に、待たば則ち甚ぞ、喜は他に任せよ、怎奈何せん、理會するを休めよ、と。人及ばざる有らば、情を以て恕すべし。意に非ずして相干すは、理を以て遣るべし。盛怒の中に忽ち人の簡に答ふるも、既に紙筆に形るれば、溢流して收め難し。 程子曰く「憤欲は忍ぶと忍ばざるとに、便ち德有ると德無きとを見る」と。 張思叔繹、僕夫を詬罷す。伊川曰く「何ぞ心を動かし性を忍ばざる」と。思叔慚ぢて謝す。
現代語訳
王沂公(北宋の宰相、王曾)はかつて「三斗の強い酢を飲み下せてこそ、宰相が務まる」と言いました。つまり、どんな事でも忍んで受け止められるということです。 趙清献公(北宋の趙抃)の座右の銘にはこうあります。「(いきり立って)どうしようというのか。喜ぶも怒るも相手に任せておけ。どうにもならぬものはどうにもならぬ。取り合うな」。人に至らない点があれば、情をもって許すべきです。悪意なく迷惑をかけられたのなら、道理をもって水に流すべきです。激しい怒りの最中にとっさに人の手紙へ返事を書いても、ひとたび紙と筆に表れてしまえば、あふれ出て取り返しがつきません。 程子は言いました。「怒りや欲を忍べるか忍べないかで、徳があるかないかが分かる」。 張思叔(程頤の門人、張繹)が下男をひどくののしりました。伊川(程頤)が「なぜ心を奮い立たせて性を忍ばないのか」と言うと、思叔は恥じ入って詫びました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『忍経』謝罪敦睦・忍の一字は衆妙の門『韓魏公語錄』に曰く「大節を成さんと欲すれば、小忍を免れず」と。 『和靖語錄』に「人の憤爭する者有り。和靖尹公曰く『莫大の禍は、須臾の忍ばざるに起る。謹まざるべからず』と」。 省心子曰く「子を屈する者は能く衆に處る」と。 『童蒙訓』に「官に當りては忍を以て先と為す。忍の字の一字は、衆妙の門なり。官に當りて事を處するに、尤も是れ先務なり。若し能く清勤の外に、更に一忍を行はば、何事か辦ぜざらん」と。
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『忍経』直為受之呂正獻公著、平生未だ嘗て曲直を較べず。謗りを聞けども、未だ嘗て辯ぜざるなり。少き時、座右銘に書して曰く、「不善己に加へらるれば、直ちに爲に之を受けよ」と。蓋し其の初め自ら懲艾すること此の如し。
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『忍経』謝罪敦睦・若し他に答へなば却つて他と一等『師友雜記』に云ふ「或ひと滎陽公に問ふ、小言の罟罵する所と為らば、當に何を以て之に處すべき、と。公曰く『上なる者は、人と己と本一なるを知る。何者をか罟と為し、何者をか辱と為さん。自然に憤怒の心無し。下なる者は、且く自ら思ひて曰へ『我は是れ何等の人ぞ、彼は何等の人たるか。若し是れ他に答へなば、卻つて他と一等なり』と。此を以て自ら比ぶれば、憤心自ら消ゆるなり』」と。 唐充之云ふ「前輩說く、後生の垢を忍ぶ能はざるは、人と為るに足らず。人の密論を聞きて容受する能はずして、輕しく之を泄らすは、以て人と為るに足らず」と。
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『忍経』謝罪敦睦・胸中の器局凡ならず素より定力有り張無垢云ふ「快意の事は孰か為すを喜ばざらん。往往にして事過ぎて悔い無きこと能はざるは、他人に於て甚だ快からざるもの存する有ればなり。豈に心に動かざるを得んや。君子の隱忍詳復して、敢へて輕易にせざる所以の者は、彼此兩つながら得るを以てなり」と。 或ひと張無垢に問ふ「倉卒の中、患難の中に事を處して亂れざるは、是れ其の才なるか、是れ其の識なるか」と。先生曰く「未だ必ずしも才識の了し得るにあらず。必ず其の胸中の器局凡ならず、素より定力有るなり。然らずんば、恐らくは胸中先づ亂れん。何を以て事に臨まん。古人の平日器劈を涵養せんと欲せし者は、此なり」と。
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『忍経』謝罪敦睦・善く忍に處する者『袁氏世範』に曰く、人言ふ、家に居りて久しく和する者は、能く忍ぶに本づく、と。然れども忍を知りて忍に處するの道を知らざれば、其の失尤も多し。蓋し忍は或いは藏蓄の意有り。人の我を犯すを藏蓄して發するは、一再に過ぎざるのみ。之を積むこと逾いよ多ければ、其の發するや洪流の決するが如く、遏むべからず。隨ひて之を解き、胸次に置かざるに若かず。曰く此れ其の思はざるのみ、曰く此れ其の無知なるのみ、曰く此れ其の失誤なるのみ、曰く此れ其の見る所の者小なるのみ、曰く此れ其の利害寧ぞ幾何ぞ、と。之をして吾が心に人らしめざれば、日に我を犯す者十數なりと雖も、亦言に形れて色に見るるに至らず。然る後に忍の功效の甚だ大なるを見る。此れ所謂善く忍に處する者なり。
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『忍経』委曲彌縫王沂公曾、再び大名に蒞みて陳堯谘に代る。既に事を視るに、府署の毀圯する者は、既に舊なるも之を葺き、改作する所無し。什器の損失する者は、之を完補すること數の如し。政に便ならざる有れば、委曲彌縫し、悉く其の非を掩ふ。洛師に移守するに及び、陳復た代と爲り、之を睹て歎じて曰く、「王公宜なるかな其の宰相爲ること、我の量及ばず」と。蓋し陳は昔時の嫌を以て、意ふに公必ず其の故を反し、其の隱を發かんと謂へり。