忍経 / 親戚不可失歡
骨肉之失歡,有本於至微,而終至於不可解者,有能先下氣則彼此酬復遂好平時矣。宜深思之。
新字:骨肉之失歓,有本於至微,而終至於不可解者,有能先下気則彼此酬復遂好平時矣。宜深思之。
書き下し
骨肉の歡を失ふは、至微に本づきて、終に解くべからざるに至る者有り。能く先づ氣を下す有らば、則ち彼此酬復して遂に平時に好からん。宜しく深く之を思ふべし。
現代語訳
肉親の仲がこじれるのは、ごく小さなことがもとになって、ついには解けないほどになってしまう場合があります。どちらかが先に気持ちを和らげて折れることができれば、互いに言葉を返し合って、やがていつものように仲良くなれるものです。よく考えるべきです。
解説
肉親の仲たがいについての短い戒めです。親子や兄弟の不和は、たいてい取るに足らない小さなことから始まり、意地を張り合ううちに解けないほどこじれてしまいます。そこで袁采は、どちらかが先に気持ちを下げれば、相手も応えて、元どおりになれると言います。先に折れることは負けではなく、関係を取り戻すための一歩です。肉親は近いぶん遠慮がなく、互いに相手が先に謝るべきだと思いがちです。だからこそ、先に動いた側が関係の主導権を取り戻せるとも言えます。長く口をきいていない家族がいるなら、まず短い一言を送ってみる価値があります。
この章句が説くこと
和睦家族忍謙虚仲直り
関連する章句
-
『囲炉夜話』自序・寒夜に爐を圍むは田家の樂しみ寒夜に爐を圍むは、田家の婦子の樂しみなり。顧ふに篝燈して坐對するも、或いは默默然として一言無く、或いは嘻嘻然として言ふ宜しき所に非ざるを言ふは、皆な樂しみと謂ふ所無し、將た此の良夜を虛しくせざらんや。余は字を識る農人なり。 歲晚れて務め閑に、家人聚まり處り、相與に山芋を燒煨し、心に得る所有れば、輒ち諸を口に述べ、兒輩に命じて繕寫して之を存せしめ、題して圍爐夜話と曰ふ。但だ其の中は皆な隨ひて得、隨ひて錄し、語に倫次無く且つ意淺く辭蕪れ、多くは信心の論に非ず、特だ以て家人に課して永夜を消すのみ、外人の為に道ふに足らざるなり。 倘し有道の君子の惠みて之を正すを蒙らば、則ち幸甚なり。 咸豐甲寅二月既望、王永彬、橋西館の一經堂に書す。
-
『忍経』處家貴寬容古より人倫は賢否相雜る。或いは父子皆な賢なる能はず、或いは兄弟皆な令なる能はず、或いは夫流蕩し、或いは妻悍暴なり。一家の中に此の患無き者は少し。聖賢と雖も亦之を如何ともする無し。譬へば身に瘡痍疣贅有るが如し。甚だ惡むべしと雖も、決し去るべからず。唯だ當に寬懷もて之に處すべし。若し人能く此の理を知らば、則ち胸中泰然たらん。古人の所謂父子兄弟夫婦の間、人の言ひ難き所の者は、此くの如し。
-
『不動智神妙録』諫言 其三 人を見るたとへは我一人いかに矢猛に主人に忠を尽さんと思ふとも、一家の人和せず、柳生谷一郷の民背きなば、何事も皆相違仕るべし、
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「君子に三樂有り。而して天下に王たるは、與り存せず。父母俱に存し、兄弟故無きは、一の樂しみなり。仰いで天に愧ぢず、俯して人に怍ぢざるは、二の樂しみなり。天下の英才を得て、之を教育するは、三の樂しみなり。君子に三樂有り。而して天下に王たるは、與り存せず。」
-
『忍経』五世同居張全翁言ふ、潞州に一農夫有り、五世同居す。太宗并州を討ち、其の舍を過ぎ、其の長を召し、之に訊ねて曰く、「若何の道ありて此に至る」と。對へて曰く、「臣他無し、唯だ能く忍ぶのみ」と。太宗以て然りと爲す。
-
『忍経』九世同居張公藝は九世同居す。唐の高宗其の家に臨幸し、本末を問ふ。「忍」の字を書きて以て對ふ。天子流涕し、遂に縑帛を賜ふ。