忍経 / 憂患當明理順受
人生世間,自有知識以來,即有憂患不如意事,小兒叫號,其意有不平。自幼至少,自壯至老,如意之事常少,不如意之事常多。雖大富貴之人,天下之所仰慕以為神仙,而其不如意事處,各自有之,與貧賤人無特異,所憂慮之事異耳,故謂之缺陷世界。以人生世間無足心滿意者,能達此理而順受之,則可少安矣。
新字:人生世間,自有知識以来,即有憂患不如意事,小児叫号,其意有不平。自幼至少,自壮至老,如意之事常少,不如意之事常多。雖大富貴之人,天下之所仰慕以為神仙,而其不如意事処,各自有之,与貧賤人無特異,所憂慮之事異耳,故謂之欠陥世界。以人生世間無足心満意者,能達此理而順受之,則可少安矣。
書き下し
人世間に生まれ、知識有りてより以來、即ち憂患・不如意の事有り。小兒の叫號するも、其の意に不平有ればなり。幼より少に至り、壯より老に至るまで、如意の事は常に少く、不如意の事は常に多し。大富貴の人、天下の仰慕して以て神仙と為す所と雖も、其の不如意の事の處は、各自之有り。貧賤の人と特に異なる無く、憂慮する所の事異なるのみ。故に之を缺陷世界と謂ふ。人世間に生まれて心を足し意を滿たす者無きを以て、能く此の理に達して之を順受すれば、則ち少しく安んずべし。
現代語訳
人はこの世に生まれ、物心がついてからは、すぐに心配ごとや思いどおりにならないことに出会います。幼子が泣き叫ぶのも、心に不満があるからです。幼いころから若いころへ、壮年から老年へと至るまで、思いどおりになることはいつも少なく、思いどおりにならないことはいつも多いものです。大いに富み栄え、天下の人が仰ぎ慕って仙人のように思う人でさえ、それぞれに思いどおりにならないことを抱えています。貧しく身分の低い人と特に違いはなく、心配する中身が違うだけです。だからこの世は「欠けた世界」と呼ばれるのです。この世に生まれて、心から満ち足りている者などいないのですから、この道理をよくわきまえて、素直に受け入れれば、少しは安らかでいられるでしょう。
解説
この章句が説くこと
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『忍経』事貴能忍耐能く忍ぶを以てすれば、事は習熟するを以て易く、終に人の非理を以て相加ふる忍ぶべからざる者に至るも、亦之に處すること常の如し。忍ぶ能はざれば、事も亦習熟するを以て易く、終に睚眥の怨みの深く較ぶるに足らざる者に至るも、亦交ごも罟りて爭訟し、期するに勝ちを取るを以てして後に已むに至る。其の失ふ所の甚だ多きを知らず。人能く定見有りて、客氣の使ふ所と為らざれば、則ち身心豈に大いに安寧ならざらんや。 『蕭朝散家法』に曰く「常に忍の字を持せば災殃を免る」と。
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『忍経』無人不自得患難も、即ち理なり。患難の中に隨ひて之が計を為さば、何ぞ不可なること有らん。文王羑里に囚はれて『易』を演ぶるは、羑里無きが若し。孔子陳蔡に圍まれて弦歌するは、陳蔡無きが若し。顏子は簞食瓢飲して其の樂しみを改めず、原憲は衣敝れ履穿つも聲天地に滿つ。夏侯勝に至りては、桎梏に居りて『尚書』を談じ、陸宣公は忠州に謫せられて集を作る。此を驗するに他無きが若し、素より患難に生きて之に安んずるなり。『中庸』に曰く「君子入るとして自得せざる無し」と。是れ之の謂か。
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『呻吟語』内篇・應務・度量寬弘なれば受用の處有り世間に一處として拂意の事無きは無く、一日として拂意の事無きは無し。椎だ度量寬弘なれば受用の處有り。彼の局量褊淺なる者は空しく自ら懊恨するのみ。
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『忍経』同居相處貴寬同居の人に不賢なる者有り、非理を以て相擾す。若し間或いは一再ならば、尚ほ與に辯ずべし。百に一の是無く、且つ朝夕此を以て相臨むに至りては、極めて處し難しと為す。同鄉及び同官にも、亦或いは此れ有り。當に其の懷抱を寬くし、無可奈何を以て之に處すべし。
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『忍経』謝罪敦睦・善く忍に處する者『袁氏世範』に曰く、人言ふ、家に居りて久しく和する者は、能く忍ぶに本づく、と。然れども忍を知りて忍に處するの道を知らざれば、其の失尤も多し。蓋し忍は或いは藏蓄の意有り。人の我を犯すを藏蓄して發するは、一再に過ぎざるのみ。之を積むこと逾いよ多ければ、其の發するや洪流の決するが如く、遏むべからず。隨ひて之を解き、胸次に置かざるに若かず。曰く此れ其の思はざるのみ、曰く此れ其の無知なるのみ、曰く此れ其の失誤なるのみ、曰く此れ其の見る所の者小なるのみ、曰く此れ其の利害寧ぞ幾何ぞ、と。之をして吾が心に人らしめざれば、日に我を犯す者十數なりと雖も、亦言に形れて色に見るるに至らず。然る後に忍の功效の甚だ大なるを見る。此れ所謂善く忍に處する者なり。
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『忍経』處家貴寬容古より人倫は賢否相雜る。或いは父子皆な賢なる能はず、或いは兄弟皆な令なる能はず、或いは夫流蕩し、或いは妻悍暴なり。一家の中に此の患無き者は少し。聖賢と雖も亦之を如何ともする無し。譬へば身に瘡痍疣贅有るが如し。甚だ惡むべしと雖も、決し去るべからず。唯だ當に寬懷もて之に處すべし。若し人能く此の理を知らば、則ち胸中泰然たらん。古人の所謂父子兄弟夫婦の間、人の言ひ難き所の者は、此くの如し。