忍経 / 無人不自得
患難,即理也。隨患難之中而為之計,何有不可?文王囚羑里而演《易》,若無羑裏也。孔子圍陳蔡而弦歌,若無陳蔡也。顏子簞食瓢飲而不改其樂,原憲衣敝履穿而聲滿天地,至夏侯勝,居桎梏而談《尚書》,陸宣公謫忠州而作集,驗此無他若,素生患難而安之也!《中庸》曰:「君子無入而不自得焉。」是之謂乎?
新字:患難,即理也。随患難之中而為之計,何有不可?文王囚羑里而演《易》,若無羑裏也。孔子囲陳蔡而弦歌,若無陳蔡也。顔子箪食瓢飲而不改其楽,原憲衣敝履穿而声満天地,至夏侯勝,居桎梏而談《尚書》,陸宣公謫忠州而作集,験此無他若,素生患難而安之也!《中庸》曰:「君子無入而不自得焉。」是之謂乎?
書き下し
患難も、即ち理なり。患難の中に隨ひて之が計を為さば、何ぞ不可なること有らん。文王羑里に囚はれて『易』を演ぶるは、羑里無きが若し。孔子陳蔡に圍まれて弦歌するは、陳蔡無きが若し。顏子は簞食瓢飲して其の樂しみを改めず、原憲は衣敝れ履穿つも聲天地に滿つ。夏侯勝に至りては、桎梏に居りて『尚書』を談じ、陸宣公は忠州に謫せられて集を作る。此を驗するに他無きが若し、素より患難に生きて之に安んずるなり。『中庸』に曰く「君子入るとして自得せざる無し」と。是れ之の謂か。
現代語訳
患難もまた道理の一部です。患難の中にあって、その中でできることを工夫すれば、どうして不可能なことがありましょう。文王は羑里に囚われて『易』を推し広めましたが、まるで羑里などないかのようでした。孔子は陳と蔡の間で包囲されても琴を弾いて歌いましたが、まるで陳や蔡などないかのようでした。顔回は竹の器一杯の飯とひさご一杯の水の暮らしでもその楽しみを改めず、原憲は衣が破れ靴に穴があいても、その名声は天地に満ちました。夏侯勝(前漢の学者)に至っては、手かせ足かせをはめられながら『尚書』を講じ、陸宣公(唐の宰相、陸贄)は忠州に流されて文集を編みました。これを確かめてみると、ほかでもなく、もともと患難のなかで生きてそれに安んじていたのです。『中庸』に「君子はどんな境遇に入っても、自ら満ち足りないことはない」とあるのは、このことでしょう。
解説
この章句が説くこと
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