忍経 / 直為受之
呂正獻公著,平生未嘗較曲直。聞謗,未嘗辯也。少時書於座右銘曰:「不善加己,直為受之。」蓋其初自懲艾也如此。
新字:呂正献公著,平生未嘗較曲直。聞謗,未嘗弁也。少時書於座右銘曰:「不善加己,直為受之。」蓋其初自懲艾也如此。
書き下し
呂正獻公著、平生未だ嘗て曲直を較べず。謗りを聞けども、未だ嘗て辯ぜざるなり。少き時、座右銘に書して曰く、「不善己に加へらるれば、直ちに爲に之を受けよ」と。蓋し其の初め自ら懲艾すること此の如し。
現代語訳
呂正献公著(北宋の宰相呂公著)は、生涯、人と理非を争ったことがありませんでした。悪口を聞いても、弁明したことはありませんでした。若いころ、座右の銘に「自分に不当な仕打ちが加えられたら、ただそのまま受け止めよ」と書きました。最初から、自分をこのように戒めていたのです。
解説
北宋の宰相呂公著の逸話です。呂公著は理非の争いをせず、悪口を聞いても弁明しなかったと言います。その根には、若いころに座右の銘とした「不善己に加へらるれば、直ちに爲に之を受けよ」という戒めがありました。若いうちから、自分の気性を抑える工夫を重ねていたのです。ただ、この言葉を今日の職場で、不当な扱いを受け入れよという意味に取るべきではありません。呂公著が戒めたのは、悪口にいちいち反応して言い争う自分の心の動きのほうでしょう。根拠のない噂に振り回されず、自分の仕事で答えるという構えとして読むと、今にも生きる言葉になります。
この章句が説くこと
忍座右銘呂公著弁明修身
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