忍経 / 謝罪敦睦・戶を掩ひて自ら撾つ
繆彤少孤,兄弟四人皆同財業,及各人娶妻,諸婦分異,又數有鬪爭之言。彤深懷憤,乃掩戶自撾,曰:「繆彤,汝修身謹行,學聖人之法,將以齊整風俗,奈何不能正其家乎?」弟及諸婦聞之,悉叩頭謝罪,遂更相敦睦。 虞世南曰:「十鬪九勝無一錢利。」 韓魏公在政府時,極有難處置事,嘗言天下事無有盡如意,須是要忍,不然,不可一日處矣。公言往日同列二三不相下,語常至相擊,待其氣定,每與平之,以理使歸,於是雖勝者亦自然不爭也。
新字:繆彤少孤,兄弟四人皆同財業,及各人娶妻,諸婦分異,又数有闘争之言。彤深懐憤,乃掩戸自撾,曰:「繆彤,汝修身謹行,学聖人之法,将以斉整風俗,奈何不能正其家乎?」弟及諸婦聞之,悉叩頭謝罪,遂更相敦睦。 虞世南曰:「十闘九勝無一銭利。」 韓魏公在政府時,極有難処置事,嘗言天下事無有尽如意,須是要忍,不然,不可一日処矣。公言往日同列二三不相下,語常至相撃,待其気定,毎与平之,以理使帰,於是雖勝者亦自然不争也。
書き下し
繆彤少くして孤、兄弟四人皆な財業を同じくす。各人妻を娶るに及び、諸婦分異し、又數しば鬪爭の言有り。彤深く憤りを懷き、乃ち戶を掩ひて自ら撾ちて、曰く「繆彤、汝身を修め行ひを謹み、聖人の法を學び、將に以て風俗を齊整せんとす。奈何ぞ其の家を正すこと能はざるや」と。弟及び諸婦之を聞き、悉く叩頭して罪を謝し、遂に更に相敦睦す。 虞世南曰く「十たび鬪ひて九たび勝つも一錢の利無し」と。 韓魏公政府に在りし時、極めて處置し難き事有り。嘗て言ふ「天下の事は盡く意の如くなる有る無し。須らく是れ忍ぶを要すべし。然らずんば、一日も處るべからず」と。公言ふ、往日同列の二三相下らず、語常に相擊つに至る。其の氣の定まるを待ちて、每に與に之を平らげ、理を以て歸せしむ。是に於て勝つ者と雖も亦自然に爭はざるなり、と。
現代語訳
繆彤(後漢の人)は幼くして父を亡くし、兄弟四人で財産と家業を共にしていました。それぞれが妻を迎えると、妻たちは財産を分けて別れようと言い出し、たびたび言い争いも起こりました。繆彤は深く憤り、戸を閉めて自分を打ちながら言いました。「繆彤よ、おまえは身を修め行いを慎み、聖人の教えを学んで、世の風俗を正そうとしてきた。それなのに、どうして自分の家一つ正せないのか」。弟たちと妻たちはこれを聞いて、みな額を地につけて詫び、それからは互いに仲睦まじくなりました。 虞世南(唐の書家・学者)は言いました。「十回争って九回勝っても、一文の得にもならない」。 韓魏公(北宋の韓琦)は政府にいたとき、きわめて処置の難しい事があり、かつてこう言いました。「天下のことは、すべて思いどおりになるものではない。どうしても忍ぶことが必要だ。そうでなければ、一日も務まらない」。公はまた言いました。以前、同僚の二、三人が互いに譲らず、言い争いがいつも激しくなった。そこで彼らの気が静まるのを待って、そのたびに一緒に話をならし、道理によって落ち着かせた。すると勝った側も、自然と争わなくなった、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『忍経』處家貴寬容古より人倫は賢否相雜る。或いは父子皆な賢なる能はず、或いは兄弟皆な令なる能はず、或いは夫流蕩し、或いは妻悍暴なり。一家の中に此の患無き者は少し。聖賢と雖も亦之を如何ともする無し。譬へば身に瘡痍疣贅有るが如し。甚だ惡むべしと雖も、決し去るべからず。唯だ當に寬懷もて之に處すべし。若し人能く此の理を知らば、則ち胸中泰然たらん。古人の所謂父子兄弟夫婦の間、人の言ひ難き所の者は、此くの如し。
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『忍経』五世同居張全翁言ふ、潞州に一農夫有り、五世同居す。太宗并州を討ち、其の舍を過ぎ、其の長を召し、之に訊ねて曰く、「若何の道ありて此に至る」と。對へて曰く、「臣他無し、唯だ能く忍ぶのみ」と。太宗以て然りと爲す。
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『不動智神妙録』諫言 其三 人を見るたとへは我一人いかに矢猛に主人に忠を尽さんと思ふとも、一家の人和せず、柳生谷一郷の民背きなば、何事も皆相違仕るべし、
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『忍経』九世同居張公藝は九世同居す。唐の高宗其の家に臨幸し、本末を問ふ。「忍」の字を書きて以て對ふ。天子流涕し、遂に縑帛を賜ふ。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「君子に三樂有り。而して天下に王たるは、與り存せず。父母俱に存し、兄弟故無きは、一の樂しみなり。仰いで天に愧ぢず、俯して人に怍ぢざるは、二の樂しみなり。天下の英才を得て、之を教育するは、三の樂しみなり。君子に三樂有り。而して天下に王たるは、與り存せず。」
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『忍経』親戚不可失歡骨肉の歡を失ふは、至微に本づきて、終に解くべからざるに至る者有り。能く先づ氣を下す有らば、則ち彼此酬復して遂に平時に好からん。宜しく深く之を思ふべし。