忍経 / 一言齏粉
丁晉公詐,亦有長者之言。仁廟嘗怒一朝士,再三語及公,不答,上作色曰:「叵耐,問輒不應謂。」徐奏曰:「雷霆之下,更有一言,則齏粉矣。」上重答言。
新字:丁晋公詐,亦有長者之言。仁廟嘗怒一朝士,再三語及公,不答,上作色曰:「叵耐,問輒不応謂。」徐奏曰:「雷霆之下,更有一言,則齏粉矣。」上重答言。
書き下し
丁晉公は詐なるも、亦長者の言有り。仁廟嘗て一朝士を怒り、再三公に語り及ぶも、答へず。上色を作して曰く「叵耐なり、問へば輒ち應へず」と。謂徐ろに奏して曰く「雷霆の下、更に一言有らば、則ち齏粉ならん」と。上答言を重んず。
現代語訳
丁晋公(北宋の丁謂)は偽りの多い人でしたが、それでも長者らしい言葉を残しています。仁宗皇帝があるとき一人の朝臣に腹を立て、何度も丁公にその話を持ちかけましたが、丁公は答えませんでした。皇帝は顔色を変えて「けしからん、問うてもいっこうに答えぬとは」と言いました。丁謂はゆっくりと申し上げました。「雷のようなお怒りの下で、私がさらに一言添えれば、あの者は粉々になってしまいましょう」。皇帝はその返答を重く受け止めました。
解説
評判のよくなかった丁謂にも、人を救う一言があったという話です。皇帝が一人の臣下に怒り、丁謂に同調を求めましたが、丁謂は黙っていました。怒りを重ねて言えば、その臣下は粉々になると考えたからです。本文が冒頭で丁謂を偽りの人と断っているのは、忍や寛容の言葉は、立派な人だけのものではないと示すためでしょう。上の人の怒りに乗って悪口を重ねるのはたやすく、そこで口をつぐむのには勇気が要ります。会議で誰かが責められているとき、黙って同調しないことも、一つの守り方です。
この章句が説くこと
忍沈黙怒り進言丁謂
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