忍経 / 逾年後杖
曹侍中彬,為人仁愛多恕,嘗知徐州。有吏犯罪,既立案,逾年然後杖之,人皆不曉其旨。彬曰:「吾聞此人新娶婦,若杖之,彼其舅姑必以婦為不利而惡之,朝夕笞罵,使不能自存。吾故緩其事而法亦不赦也。」其用志如此。
新字:曹侍中彬,為人仁愛多恕,嘗知徐州。有吏犯罪,既立案,逾年然後杖之,人皆不暁其旨。彬曰:「吾聞此人新娶婦,若杖之,彼其舅姑必以婦為不利而悪之,朝夕笞罵,使不能自存。吾故緩其事而法亦不赦也。」其用志如此。
書き下し
曹侍中彬は、人と為り仁愛にして恕多し。嘗て徐州に知たり。吏の罪を犯す有り、既に案を立つるも、年を逾えて然る後に之を杖うつ。人皆な其の旨を曉らず。彬曰く「吾聞く、此の人新たに婦を娶ると。若し之を杖うたば、彼の其の舅姑必ず婦を以て不利と為して之を惡み、朝夕笞罵して、自ら存すること能はざらしめん。吾故に其の事を緩くするも、法も亦赦さざるなり」と。其の志を用ふること此くの如し。
現代語訳
曹侍中彬(北宋初の名将、曹彬)は、人柄が慈しみ深く、思いやりに富んでいました。徐州の知事をしていたとき、罪を犯した役人がいて、すでに裁きの記録もできていましたが、一年たってからようやく杖で打つ刑を執行しました。人々はみなその意図が分かりませんでした。曹彬は言いました。「この者は新しく嫁を迎えたばかりだと聞いた。もし今打てば、あの家の舅と姑はきっと、嫁が縁起の悪い者だと思って憎み、朝から晩まで打ったりののしったりして、嫁は生きていけなくなるだろう。だから私はわざと執行を遅らせたが、法そのものも見逃しはしなかったのだ」。彼の心の配り方はこのようでした。
解説
法を曲げずに、執行の時期だけをずらした曹彬の配慮です。罪は罪として一年後にきちんと罰しています。ただ、新婚の家で夫が罰を受ければ、当時の家庭では嫁が不吉だと責められる恐れがありました。曹彬は、罰が本人以外の弱い立場の人にまで及ぶことを見越して、時期を選んだのです。寛容とは罪を許すことだけではなく、罰の余波まで考えることでもあります。今日でも、処分や指摘のタイミング一つで、本人の家族や周りの人に思わぬ負担がかかることがあります。正しさを通すときにも、誰にどんな影響が及ぶかを一度見渡す視点を教えてくれます。
この章句が説くこと
恕仁愛法配慮曹彬
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