忍経 / 小過不懌
宋朝韓億,在中書見諸路職司,捃拾官吏,小過不懌。曰:「今天下太平,主上之心雖昆蟲草木皆欲得所,士之大而望為公卿,次而望為侍從,職司二千不下,京望為州郡,祭何錮之於聖世。」
新字:宋朝韓億,在中書見諸路職司,捃拾官吏,小過不懌。曰:「今天下太平,主上之心雖昆虫草木皆欲得所,士之大而望為公卿,次而望為侍従,職司二千不下,京望為州郡,祭何錮之於聖世。」
書き下し
宋朝の韓億は、中書に在りて諸路の職司の、官吏を捃拾するを見て、小過なるに懌ばず。曰く「今天下太平にして、主上の心は昆蟲草木と雖も皆な所を得んことを欲す。士の大なるは公卿と為らんことを望み、次は侍從と為らんことを望み、職司・二千も下らず、京は州郡と為らんことを望む。祭何ぞ之を聖世に錮さんや」と。
現代語訳
宋の韓億は、中書(宰相府)にいたとき、各路の監察の役人たちが地方官の小さな過ちを拾い集めて告発するのを見て、不愉快に思いました。そして言いました。「今は天下太平で、陛下のお心は、昆虫や草木に至るまでみなそれぞれの居場所を得させたいと願っておられる。士人も、大きな者は公卿になることを望み、その次は侍従になることを望み、監察官や二千石(郡守級)より下の地位は望まず、都の官も州郡の長になることを望んでいる。どうして(小さな過ちで)彼らをこの聖代に閉じ込めてよいものか」。
解説
小さな過ちを拾い集めて人を処分することへの、韓億の異議です。天下太平の世にあって、皇帝は虫や草木にまで居場所を与えたいと願っている、まして志を持って仕える人々を、小さな落ち度で出世の道から締め出すべきではない、という理屈です。本文は写しの過程で字が乱れているようで、読みには推測が混じりますが、言いたいことははっきりしています。粗探しは一見きちんとした監督に見えても、人の意欲をしぼませます。評価の場面で減点ばかりを数えていないか、この一条は問いかけてきます。

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寛容恕評価人材韓億
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