宋名臣言行録 / 前集巻十・胡瑗
上曰其門人今在朝者為誰對曰若錢藻之淵篤孫覺之純明范純仁之直温錢公輔之簡諒皆陛下所知也其在外明體適用教於民者迨數十軰其餘政事文學粗出於人者不可勝數此天下四方之所共知而嘆美之不足者也上悦
新字:上曰其門人今在朝者為誰対曰若銭藻之淵篤孫覚之純明范純仁之直温銭公輔之簡諒皆陛下所知也其在外明体適用教於民者迨数十軰其余政事文学粗出於人者不可勝数此天下四方之所共知而嘆美之不足者也上悦
書き下し
上曰く、其の門人の今朝に在る者は誰と爲すと。對えて曰く、錢藻の淵篤、孫覺の純明、范純仁の直温、錢公輔の簡諒の若きは、皆陛下の知る所なり。其の外に在りて體を明らかにし用に適い、民に教うる者は數十軰に迨ぶ。其の餘、政事文學の粗人に出づる者は勝げて數う可からず。此れ天下四方の共に知りて、之を嘆美して足らざる所の者なりと。上悦ぶ。
現代語訳
天子が言った。「その門人で、いま朝廷にいるのは誰か」。答えた。「銭藻の深く篤いこと、孫覚の純で明らかなこと、范純仁の直くて温かなこと、銭公輔の簡にして信のあること、みな陛下のご存じのとおりです。地方にいて体を明らかにし用に適い、民を教えている者は数十人に及びます。そのほか、政治や学問で人より少し抜きん出ている者は数えきれません。これは天下四方がともに知っていて、褒めても褒め足りないところです」。天子は喜んだ。
解説
前段の続きで、師の値打ちを人の名で示した部分です。四人を挙げるとき、それぞれ二字で評をつけている。銭藻の淵篤、孫覚の純明、范純仁の直温、銭公輔の簡諒。天子がすでに知っている人物ばかりを選んで、その人柄のほうを言っている。そして朝廷にいる者だけで終わらせず、地方にいて民を教えている者が数十人と続けました。教えた成果を、肩書きではなく、いま誰が何をしているかで数えています。
この章句が説くこと
銭藻の淵篤孫覚の純明范純仁の直温銭公輔の簡諒其の外に在りて体を明らかにし用に適い民に教うる者は数十軰に迨ぶ天下四方の共に知りて之を嘆美して足らざる所人材成果評価
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