忍経 / 俾之自新
杜正獻公衍嘗曰:「今之在上者,多擿發下位小節,是誠不恕也。衍知兗州時,州縣官有累重而素貧者,以公租所得均給之。公租不足,即繼以公帑,量其小大,咸使自足。尚有復侵擾者,真貪吏也,於義可責。」又曰:「衍歷知州,提轉安撫,未嘗壞一個官員,其間不職者,即委以事,使之暇惰;不謹者,諭以禍福,俾之自新。而遷善者甚眾,不必繩以法也。」
新字:杜正献公衍嘗曰:「今之在上者,多擿発下位小節,是誠不恕也。衍知兗州時,州県官有累重而素貧者,以公租所得均給之。公租不足,即継以公帑,量其小大,咸使自足。尚有復侵擾者,真貪吏也,於義可責。」又曰:「衍歴知州,提転安撫,未嘗壊一個官員,其間不職者,即委以事,使之暇惰;不謹者,諭以禍福,俾之自新。而遷善者甚衆,不必縄以法也。」
書き下し
杜正獻公衍嘗て曰く「今の上に在る者は、多く下位の小節を擿發す。是れ誠に恕ならざるなり。衍兗州に知たりし時、州縣の官に累重くして素より貧しき者有れば、公租の得る所を以て均しく之に給す。公租足らざれば、即ち繼ぐに公帑を以てし、其の小大を量りて、咸な自ら足らしむ。尚ほ復た侵擾する者有らば、真の貪吏なり。義に於て責むべし」と。又曰く「衍は知州・提轉・安撫を歷て、未だ嘗て一個の官員を壞らず。其の間職ならざる者は、即ち委ぬるに事を以てし、之をして暇惰ならしむ。謹まざる者は、諭すに禍福を以てし、之をして自ら新たにせしむ。而して善に遷る者甚だ衆し。必ずしも繩すに法を以てせざるなり」と。
現代語訳
杜正献公衍(北宋の杜衍)はかつてこう言いました。「今の上に立つ者は、下の者の小さな落ち度を暴き立てることが多い。これはまことに思いやりに欠けることだ。私が兗州の知事だったとき、州や県の役人で扶養家族が多く、もともと貧しい者がいれば、公の租税の取り分を均等に分け与えた。租税で足りなければ公の蔵の財で補い、家の大小に応じてみな足りるようにした。それでもなお民を侵し騒がせる者がいれば、それこそ本物の貪欲な役人であり、道義に照らして責めてよい」。また言いました。「私は知州・提点刑獄や転運使・安撫使を歴任したが、一人の役人も破滅させたことがない。その中で職務を果たさない者には仕事を任せて(怠ける余地をなくし)、身を慎まない者には禍福の道理を諭して、自ら改めさせた。こうして善に移った者は非常に多かった。必ずしも法で縛る必要はないのだ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『忍経』語侵不恨杜衍曰く、「今の位に在る者は、多く是れ人の小節を責む。是れ誠に恕ならざるなり」と。衍、知州・提轉・安撫を歷て、未だ嘗て一官員を壞らず。其の職ならざる者は、之に委ぬるに事を以てし、惰るに暇あらざらしむ。謹まざる者は、諭すに禍福を以てし、必ずしも之を繩すに法を以てせざるなり。范仲淹嘗て衍と事の異同を論じ、語を以て杜衍を侵すに至るも、衍恨みと爲さず。
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『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍又た曰く、今の上に在る者、多く下位の小節を擿發す。是れ誠に恕せざるなり。衍、兖州を知る時、州縣の官に累重くして素より貧しき者有り。公租の得る所を以て之を均給す。公租給せざれば即ち繼ぐに公帑を以てす。其の小大を量りて、咸な自ら足らしむ。尚お復た侵擾する者有らば、真の貪吏なり。義に於て責む可しと。又た曰く、衍、州を知り提轉・安撫を厯するに、未だ嘗て一箇の官員をも壊らず。其の間、不職なる者は、即ち委ぬるに事を以てし、之をして惰るに暇あらざらしむ。不慎なる者は、諭すに禍福を以てし、之をして自ら新たならしむ。從いて善に遷る者甚だ衆し。必ずしも繩するに法を以てせざるなり。其の文學・政事・殊行・絶徳有る者は、面を識らずと雖も、未だ嘗て力めて朝に薦めずんばあらず。一善の稱す可き、一長の錄す可き者有らば、亦た未だ嘗て所能に隨いて之を薦めずんばあらず。
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『忍経』未嘗按黜一吏陳文惠公堯佐は、十たび大州を典り、六たび轉運使と為る。常に方嚴を以て下を肅し、人をして畏るるを知らしむ。而して法を犯すを重んずるも、其の過失に至りては、則ち多く之を保佑す。故に未だ嘗て一下吏をも按黜せず。
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『忍経』不忍按許圍師、相州刺史と爲り、寬を以て部を治む。賄を受くる者有り、圍師按ずるに忍びず。其の人自ら愧ぢ、後に修飭して、更に廉士と爲る。
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『宋名臣言行録』前集巻七・杜衍門生に縣令と為る者有り。公之を戒めて曰く、子の才器、一縣令は施すに足らず。然れども切に當に韜晦して圭角を露わす無かるべし。方を毁ちて瓦合し、中に合うを求むれば可なり。然らずんば事に益無く、徒らに禍を取るのみと。門生曰く、公は平生、直亮忠信を以て天下に重んぜらる。今、反って某に誨うるに此を以てするは何ぞやと。公曰く、衍は任を厯すること多く、年を厯すること乆し。上は帝王の知る所と為り、次は朝野の信ずる所と為る。故に其の志を申ぶるを得たり。今、子は縣令為り。巻舒・休戚、之を長吏に係く。夫れ良二千石なる者は固より得易からず。若し奏知せずんば、子、焉くんぞ以て其の志を申ぶるを得ん。徒らに禍を取るのみ。予、子に方を毁ちて瓦合し、中に合うを求めしめんと欲する所以なりと。
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『忍経』逾年後杖曹侍中彬は、人と為り仁愛にして恕多し。嘗て徐州に知たり。吏の罪を犯す有り、既に案を立つるも、年を逾えて然る後に之を杖うつ。人皆な其の旨を曉らず。彬曰く「吾聞く、此の人新たに婦を娶ると。若し之を杖うたば、彼の其の舅姑必ず婦を以て不利と為して之を惡み、朝夕笞罵して、自ら存すること能はざらしめん。吾故に其の事を緩くするも、法も亦赦さざるなり」と。其の志を用ふること此くの如し。