忍経 / 動心忍性
堯夫解他山之石,可以攻玉。玉者,溫潤之物,若將兩塊玉來相磨,必磨不成,須是得他個粗礦底物,方磨得出。臂如君子與小人處,為小人侵陵,則修省畏避,動心忍性,增益預防,如此道理出來。
新字:堯夫解他山之石,可以攻玉。玉者,温潤之物,若将両塊玉来相磨,必磨不成,須是得他個粗礦底物,方磨得出。臂如君子与小人処,為小人侵陵,則修省畏避,動心忍性,增益預防,如此道理出来。
書き下し
堯夫「他山の石、以て玉を攻むべし」を解す。玉は溫潤の物なり。若し兩塊の玉を將ち來りて相磨かば、必ず磨き成らず。須らく是れ他の個の粗礦底の物を得て、方に磨き得出だすべし。臂へば君子の小人と處るが如し。小人の為に侵陵せらるれば、則ち修省畏避し、心を動かし性を忍び、增益預防す。此くの如くして道理出で來る。
現代語訳
堯夫(北宋の邵雍)は『詩経』の「よその山の石でも、玉を磨くのに使える」という句を次のように解釈しました。玉は温かく潤いのあるものです。もし玉を二つ持ってきて互いに磨き合わせても、決して磨き上がりません。どうしても、あの粗い原石のようなものを得て、はじめて磨き出すことができるのです。たとえば君子が小人と一緒にいるようなものです。小人に侵され侮られると、君子は我が身を反省し、慎んで避け、心を奮い立たせ本性を忍ばせて、足りないところを補い、先々に備えます。こうして道理が出てくるのです。
解説
「他山の石」の句を、邵雍は、自分を磨くには自分と違う粗い相手が要る、と読み解きました。柔らかな玉どうしをこすり合わせても光らないように、似た者どうしだけでは人は磨かれません。嫌な相手に侮られた経験が、反省と備えを生み、道理を身につけさせるというわけです。「動心忍性」は『孟子』の言葉で、困難が心を奮い立たせ、性を鍛えるという意味です。苦手な上司や取引先を、ただの災難ではなく砥石として見る視点は、今でも役に立ちます。ただしそれは相手の不当を認めることとは別で、学ぶものは学び、避けるべきは避けてよいのです。
この章句が説くこと
忍修身他山の石砥石邵雍
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