忍経 / 辭和氣平
凡人語及其所不平,則氣必動,色必變,辭必厲。唯韓魏公不然,更說到小人忘恩背義欲傾己處,辭和氣平,如道平常事。
新字:凡人語及其所不平,則気必動,色必変,辞必厲。唯韓魏公不然,更説到小人忘恩背義欲傾己処,辞和気平,如道平常事。
書き下し
凡そ人其の平らかならざる所に語り及べば、則ち氣必ず動き、色必ず變じ、辭必ず厲し。唯だ韓魏公は然らず、更に小人の恩を忘れ義に背き、己を傾けんと欲する處に說き到るも、辭和し氣平らかにして、平常の事を道ふが如し。
現代語訳
およそ人は、自分が不満に思っていることに話が及ぶと、必ず気持ちが高ぶり、顔色が変わり、言葉が激しくなるものです。ただ韓魏公(韓琦)だけはそうではありませんでした。小人が恩を忘れ義に背いて、自分を陥れようとしたことにまで話が及んでも、言葉は穏やかで気持ちは平らかで、まるでふだんの事を話すかのようでした。
解説
北宋の宰相韓琦の人柄を伝える短い一節です。人は腹立たしいことを話すとき、どうしても声が高くなり、顔色が変わるものです。まして恩を仇で返した相手の話となれば、なおさらでしょう。ところが韓琦は、自分を陥れようとした者のことさえ、日常の出来事のように穏やかに語ったと言います。心の中で過去の出来事にけりがついているからこそ、語り口も平らかになるのです。人の悪口や愚痴を語るとき、語り手の表情はその人の器を映します。嫌な出来事を話すとき、自分の声や顔がどうなっているか、一度意識してみる価値があります。
この章句が説くこと
忍韓琦平静怒り修身
関連する章句
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『忍経』器量過人韓魏公は器量人に過ぎ、性渾厚にして、畦畛峭塹を為さず。功は天下を蓋ひ、位は人臣に冠たるも、其の喜ぶを見ず。莫大の責に任じ、不測の禍を蹈み、身は累卵よりも危ふきも、其の憂ふるを見ず。怡然として常有り、未だ嘗て事物の為に遷動せられず、平生其の語言を偽飾すること無し。其の事を行ふや、進みては朝に立ちて士大夫と語り、退きては室に息ひて家人と言ふも、一に誠より出づ。人或いは公に從ふこと數十年、公の言行を記し、相與に反復考究するに、表裏皆合ひ、一として相應ぜざるは無し。
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『忍経』不形於言韓魏公は器重閎博にして、容れざる所無し。館閣に在りしより、已に天下に重望有り。同館の王拱辰・御史葉定基と、同じく開封府の舉人を發解す。拱辰・定基時に喧爭有り。公幕中に安坐して試卷を閱し、聞かざるが如し。拱辰己を助けざるに奮ひ、公の室に詣りて公に謂ひて曰く、「此の中に器度を習ふか」と。公和顏して之に謝す。公陝西招討と爲る。時に師魯と英公と相與せず。師魯は公の處に於いて即ち英公の事をあげつらひ、英公も公の處に於いて亦た師魯を論ず。皆な之を納る。言に形はさず、遂に事無し。然らずんば靜かならず。
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『忍経』非毀反己韓魏公謂ふ、「小人は遠きに求むべからず、三家の村中にも亦た一家有り。當に之に處するの理を求むべし。其の小人爲るを知らば、以て之を小とし之に處す。更に接すべからず。如し之に接せば、則ち自ら小人ならん。人の非毀有らば、但だ當に己の是か不是かに反るべし。己是ならば、則ち是は我に在りて罪は彼に有り、烏んぞ其の如何を計るを用ひん」と。
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『忍経』受之未嘗行色韓魏公、因りて君子小人の際を諭して、皆な高く誠を以て之を待つ。但だ其の小人為るを知れば、則ち淺く之と接するのみ。凡そ人の小人の己を欺く處に於けるや、覺れば必ず其の明を露はして以て之を破る。公は獨り然らず。明は以て小人の欺きを明らかにするに足るも、然も每に之を受けて、未だ嘗て色に形さざるなり。
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『忍経』未嘗峻折歐陽永叔、政府に在りし時、每に人の理に中らざる者有れば、輒ち之を峻折す。故に人多く怨む。韓魏公は則ち然らず、從容として之を諭し、不可の理を以てするのみ、未だ嘗て之を峻折せざるなり。
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『忍経』潛卷授之韓魏公魏府に在りしとき、僚屬の路拯なる者、案に就きて有司の事を呈するに、狀の尾に名を書するを忘る。公即ち袖を以て之を覆ひ、首を仰ぎて與に語り、稍稍潛かに卷きて、從容として以て之を授く。