忍経 / 鼓琴不問
趙閱道為成都轉運使,出行,部內唯攜一琴一龜,坐則看龜鼓琴。嘗過青城山,遇雪,舍於逆旅,逆旅之人不知其使者也,或慢狎之,公頹然鼓琴不問。
新字:趙閲道為成都転運使,出行,部内唯攜一琴一亀,坐則看亀鼓琴。嘗過青城山,遇雪,舎於逆旅,逆旅之人不知其使者也,或慢狎之,公頽然鼓琴不問。
書き下し
趙閱道、成都轉運使と爲り、出行するに、部內唯だ一琴一龜を攜へ、坐すれば則ち龜を看て琴を鼓す。嘗て青城山を過ぎ、雪に遇ひ、逆旅に舍る。逆旅の人其の使者なるを知らず、或いは之を慢狎す。公頹然として琴を鼓して問はず。
現代語訳
趙閲道(北宋の趙抃)は成都の転運使となり、管内を巡るときも、琴一張と亀一匹を携えるだけで、座れば亀を眺め、琴を弾いていました。あるとき青城山を通りかかって雪に遭い、宿屋に泊まりました。宿屋の者は彼が転運使だとは知らず、中には無礼になれなれしくふるまう者もいましたが、趙閲道はゆったりと琴を弾いて、とがめませんでした。
解説
北宋の趙抃、字は閲道の逸話です。趙抃は清廉な官僚として知られ、赴任の際に琴一張と鶴一羽だけを携えたという話が名高く、ここでは亀となっています。身分を知らない宿の者に無礼に扱われても、自分が誰であるかを明かさず、琴を弾いてとがめませんでした。肩書を振りかざせば相手はすぐに態度を改めたでしょうが、それをしなかったのです。人の扱いに一喜一憂しない心の落ち着きが、この話の要です。役職や立場で人に接し方を変えさせることは、案外たやすいものです。立場を知られない場で軽く扱われたとき、どう振る舞うかにこそ、その人の本当の品格が表れるのでしょう。
この章句が説くこと
忍平静趙抃清廉品格
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