忍経 / 認豬不爭
曹節,素仁厚,鄰人有失豬者,與節豬相似,詣門認之,節不與爭。後所失豬自還,鄰人大慚,送所認豬並謝。節笑而受之。
新字:曹節,素仁厚,鄰人有失豬者,与節豬相似,詣門認之,節不与争。後所失豬自還,鄰人大慚,送所認豬並謝。節笑而受之。
書き下し
曹節は、素より仁厚なり。鄰人に豬を失ふ者有り、節の豬と相似たり。門に詣りて之を認む。節與に爭はず。後に失ふ所の豬自ら還る。鄰人大いに慚ぢ、認めし所の豬を送り、並びに謝す。節笑ひて之を受く。
現代語訳
曹節(後漢の人)は、ふだんから思いやりが深く温厚でした。隣人に豚をなくした者がいて、その豚が曹節の豚とよく似ていました。隣人は曹節の家にやって来て、自分の豚だと言い張りました。曹節は争わずに渡しました。後になって、なくした豚が自分で帰ってきました。隣人は大いに恥じ入り、持って行った豚を送り返して謝りました。曹節は笑ってそれを受け取りました。
解説
後漢の曹節の逸話で、前の卓茂が馬を譲った話とほぼ同じ筋立てです。隣人に自分の豚を取られても争わず、やがて本当の豚が戻ると、隣人は恥じて返しに来ました。曹節は魏の曹操の曽祖父にあたる人と伝えられます。曹節が笑って受け取ったところに、この話のもう一つの味わいがあります。責めもせず、恩にも着せず、何事もなかったように受け取ることで、隣人の恥を小さくしてやったのです。近所や職場での小さな行き違いは、どちらが正しかったかより、その後の付き合いのほうがずっと長く続きます。相手が誤りに気づいたときに、気まずさを残さない受け止め方ができるかが問われます。
この章句が説くこと
忍不争隣人譲る寛容
関連する章句
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