忍経 / 認馬
卓茂,性寬仁恭,愛鄉里故舊,雖行與茂不同,而皆愛慕欣欣焉。嘗出,有人認其馬。茂心知其謬,嘿解與之。他日,馬主別得亡者,乃送馬,謝之。茂性不好爭如此。
新字:卓茂,性寛仁恭,愛郷里故旧,雖行与茂不同,而皆愛慕欣欣焉。嘗出,有人認其馬。茂心知其謬,嘿解与之。他日,馬主別得亡者,乃送馬,謝之。茂性不好争如此。
書き下し
卓茂は、性寬仁恭にして、鄉里の故舊を愛し、行ひ茂と同じからずと雖も、而も皆な愛慕して欣欣焉たり。嘗て出づるに、人の其の馬を認むる有り。茂心に其の謬りなるを知るも、嘿して解きて之を與ふ。他日、馬主別に亡へる者を得て、乃ち馬を送りて之に謝す。茂の性の爭ひを好まざること此の如し。
現代語訳
卓茂(後漢の人)は、生まれつき寛大で思いやりがあり慎み深く、郷里の古なじみを大切にしました。行いが卓茂と違う人であっても、みな彼を慕って喜んで付き合いました。あるとき外出すると、自分の馬だと言い張る人がいました。卓茂は内心それが誤りだと分かっていましたが、黙って馬を外して渡しました。後日、馬の持ち主は失った馬を別に見つけ、そこで馬を送り返して謝りました。卓茂が争いを好まない性格であったことは、このようなものでした。
解説
後漢の卓茂の逸話で、『後漢書』卓茂伝に見える話です。自分の馬を他人のものだと言われ、卓茂は誤りと知りながら黙って渡しました。伝では、このとき「もし違っていたら返しに来てください」と言い添えたとされます。やがて持ち主が本当の馬を見つけ、恥じて返しに来ました。卓茂は光武帝に重んじられた人で、民を法より徳で導いた地方官として名が残っています。人と言い争うより、相手が自分で誤りに気づく道を残すほうが、関係は壊れずにすみます。正しさを主張する前に、相手の顔を立てる余地を考えてみる手がかりになる話です。
この章句が説くこと
忍不争卓茂寛仁譲る
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