忍経 / 誣褲
陳重同舍郎有告歸寧者,誤持鄰舍郎褲去,主疑重所取,重不自申說,市褲以還。
新字:陳重同舎郎有告帰寧者,誤持鄰舎郎褲去,主疑重所取,重不自申説,市褲以還。
書き下し
陳重の同舍の郎に、告げて歸寧する者有り、誤りて鄰舍の郎の褲を持ちて去る。主、重の取る所かと疑ふ。重自ら申說せず、褲を市ひて以て還す。
現代語訳
陳重(後漢の人)と宿舎を同じくする郎の中に、休暇を願い出て帰省する者がいて、誤って隣の宿舎の郎の袴を持ち去りました。持ち主は陳重が取ったのではないかと疑いました。陳重は自分で弁明せず、袴を買って返しました。
解説
後漢の陳重の逸話で、前の直不疑の話とほぼ同じ筋立てです。帰省した同僚が誤って持ち去った袴について、陳重は疑いをかけられても弁明せず、黙って新しい袴を買って返しました。陳重は友人の雷義と固い友情で知られ、膠漆の交わりの語で並び称された人です。この書は同じ型の話を重ねて、濡れ衣への向き合い方を繰り返し示しています。小さな物のことで言い争うより、自分が損をかぶって場を収める選択もある、ということです。ただ、大事なことまで黙って背負う必要はなく、何を争い何を譲るかの見極めこそが問われています。
この章句が説くこと
忍冤罪陳重譲る寛容
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