忍経 / 未嘗見喜怒
唐賈耿,自朝歸第,接對賓客,終日無倦。家人近習,未嘗見其喜怒之色,古之淳德君子,何以加焉?
新字:唐賈耿,自朝帰第,接対賓客,終日無倦。家人近習,未嘗見其喜怒之色,古之淳徳君子,何以加焉?
書き下し
唐の賈耿、朝より第に歸り、賓客に接對し、終日倦むこと無し。家人近習、未だ嘗て其の喜怒の色を見ず。古の淳德の君子も、何を以て加へんや。
現代語訳
唐の賈耿は、朝廷から屋敷に帰ると、客人の応対をして一日じゅう疲れた様子を見せませんでした。家族や側近の者たちも、彼が喜びや怒りを顔に出すのを見たことがありませんでした。昔の純朴な徳を備えた君子でも、これ以上のことはできないでしょう。
解説
唐の賈耿という人の、喜怒を表に出さない人柄を記した一節です。朝廷の務めを終えて帰宅しても、客の応対を一日じゅう厭わず、家族や側近でさえ彼の喜怒の色を見たことがなかったと言います。外では取り繕えても、家の中で感情を抑え続けるのは難しいものです。身近な人にほど、つい不機嫌をぶつけてしまいがちだからです。編者はこの人を、古の淳徳の君子にも劣らないと讃えています。もちろん感情を持つなということではなく、気分で周りを振り回さないということでしょう。家に帰ったとき、疲れや苛立ちを家族にぶつけていないか、見直すきっかけになる話です。
この章句が説くこと
忍喜怒家庭平静修身
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