忍経 / 圯上取履
張良亡匿,嘗從容遊下邳。圯上有一老父,衣褐。至良所,直墜其履圯上。顧謂良曰:「孺子,下取履。」良愕然,強忍,下取履,因跪進。父以足受之,曰:「孺子可教矣。」
新字:張良亡匿,嘗従容遊下邳。圯上有一老父,衣褐。至良所,直墜其履圯上。顧謂良曰:「孺子,下取履。」良愕然,強忍,下取履,因跪進。父以足受之,曰:「孺子可教矣。」
書き下し
張良亡げ匿れ、嘗て從容として下邳に遊ぶ。圯上に一老父有り、褐を衣る。良の所に至り、直ちに其の履を圯上に墜す。顧みて良に謂ひて曰く、「孺子、下りて履を取れ」と。良愕然とし、強ひて忍び、下りて履を取り、因りて跪きて進む。父足を以て之を受け、曰く、「孺子教ふべし」と。
現代語訳
張良は逃亡して身を隠していたころ、ゆったりと下邳の町を歩いていました。土橋の上に、粗末な衣を着た一人の老人がいました。老人は張良のところまで来ると、わざと自分の履を橋から落とし、振り返って張良に「小僧、下りて履を取ってこい」と言いました。張良はあっけにとられましたが、強いて堪え、下りて履を拾い、ひざまずいて差し出しました。老人は足を出してそれを履かせてもらい、「この小僧は教えがいがある」と言いました。
解説
漢の高祖劉邦の軍師となった張良の若いころの話で、『史記』留侯世家に見えます。秦の始皇帝の暗殺に失敗して身を隠していた張良に、見知らぬ老人が無礼な命令をします。張良は腹を立てながらも堪えて履を拾い、ひざまずいて履かせました。老人はこの忍耐を見込んで、後に兵法の書を授けたと伝えられます。序でも韓信の股くぐりと並べて挙げられる、忍の代表的な話です。若い人が理不尽に見える試しに出会うこともありますが、ここで大事なのは屈従ではなく、一時の反発を抑えて相手の真意を見る余裕のほうでしょう。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
忍張良試練修身器量
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