師導古典を学びたいすべての人に

直毘霊 / 乱れたる世には名将多く出づ

なる、たとへば亂れたる世には、戰にならふ故に、おのづから名將おほくいでくるが如く、國の風俗あしくして、治まりがたきを、あながちに治めむとするから、世々にそのすべをさまざま思ひめぐらし、爲ならひたるゆゑに、しかかしこき人どももいできつるなりけり、然るをこの聖人といふものは、神のごとよにすぐれて、おのづからに奇しき德あるものと思ふは、ひがことなり、

新字:なる、たとへば乱れたる世には、戦にならふ故に、おのづから名将おほくいでくるが如く、国の風俗あしくして、治まりがたきを、あながちに治めむとするから、世々にそのすべをさまざま思ひめぐらし、為ならひたるゆゑに、しかかしこき人どももいできつるなりけり、然るをこの聖人といふものは、神のごとよにすぐれて、おのづからに奇しき徳あるものと思ふは、ひがことなり、

書き下し

なる。たとえば乱れたる世には、戦に習う故に、おのずから名将多く出で来るが如く、国の風俗悪しくして、治まりがたきを、あながちに治めむとするから、世々にその術をさまざま思い巡らし、為習いたる故に、しか賢き人どもも出で来つるなりけり。然るをこの聖人というものは、神の如く、よに優れて、おのずからに奇しき徳あるものと思うは、僻事なり。

現代語訳

(……と言うの)である。たとえば乱れた世には、人々が戦に慣れるので、自然と名将が多く出てくるように、(中国は)国の風俗が悪くて治まりにくいのを、無理に治めようとするものだから、代々その方法をさまざまに考えめぐらし、実際にやり慣れてきたために、そのような賢い人々も出てきたのである。それなのに、この聖人というものを、神のようにきわだって優れ、生まれつき不思議な徳を備えた者と思うのは、誤りである。

解説

聖人とは生まれつき神秘的な徳を備えた人ではない、と宣長は言う。乱世には戦に慣れるから名将が多く出る。それと同じく、中国は風俗が悪く治まりにくい国を無理に治めようとして、代々工夫を重ねたから、賢い人々が生まれたのだ、と。聖人を環境の産物として説明する見方で、儒者が聖人を天賦の徳の持ち主として仰ぐのを「ひがこと」と退ける。朱子学は聖人を学んで至りうる理想とし、荻生徂徠は聖人を道の制作者として尊んだが、宣長はそのどちらとも違い、必要に迫られて生まれた治めの技術者として見ている。突出した人物が現れるのは、その人の資質のためか、それとも時代の困難のためだろうか。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る