盲安杖 / 第五条・分限を見分て其性々を知るべき事・後半
物云ふ度に非を顯はし。情を知らぬを見目として人を過ち身を害なひ。科なき人に怨みを成し。異見をすれは腹を立て。面に賢と顯はして人の爲と思はず。惣じて其性々一樣に非ず。箇樣の見分け叶はずして。下々の人をも上々の人に競て批判し。或は人の僻事に我が心を乱して惑ふ。是皆な分限を見分けざる故なり。譬へは碁將棋の上手下手其位定りたり。人々の分別も何ぞ是に異らんや。人の僻事を憎まんならば。碁將棋の下手惡き手遣するを僻事なりと憎まんや。是を以て知るべし。何れの人も行ひ惡くせんとは有らねども。心たらずして我が身をも亡すなり。譬へは貧き人の過分のふるまひ適はざるが如し。されは己の分限より上の働らき成るべからず。兎角心の至らざる故と心得て。結句憐む心あるべし。己れ溫なる時は浮世に惡き人なし。己れ僻事ある時は惡き人世に多し。歌に我がよきに人のわるきか有らばこそ人のわるきは我がわるきなり。此歌心の鏡なるべし。斯く云ふとて科を免せとには非ず。慈悲を以て法を正し科を改めよとなり。畜類の上にも見よ馬は馬牛は牛。鳥は鳥夫々の働きあり。非情草木も亦同じ麻はおのづから直く。蓬はおのづから出れり。藥とある草もあり毒となる草もあり。是何れの所より分れたるにか。天地の惠みは變らねども。夫々の差別有り。何れを是とし何れを非とか成さん。誠に万物一体なる事を知べし。歌に春雨のわきてそれとはふらねども受くる草木はおのが色々柳は綠り花は紅る
新字:物云ふ度に非を顕はし。情を知らぬを見目として人を過ち身を害なひ。科なき人に怨みを成し。異見をすれは腹を立て。面に賢と顕はして人の為と思はず。惣じて其性々一様に非ず。箇様の見分け叶はずして。下々の人をも上々の人に競て批判し。或は人の僻事に我が心を乱して惑ふ。是皆な分限を見分けざる故なり。譬へは碁将棋の上手下手其位定りたり。人々の分別も何ぞ是に異らんや。人の僻事を憎まんならば。碁将棋の下手悪き手遣するを僻事なりと憎まんや。是を以て知るべし。何れの人も行ひ悪くせんとは有らねども。心たらずして我が身をも亡すなり。譬へは貧き人の過分のふるまひ適はざるが如し。されは己の分限より上の働らき成るべからず。兎角心の至らざる故と心得て。結句憐む心あるべし。己れ温なる時は浮世に悪き人なし。己れ僻事ある時は悪き人世に多し。歌に我がよきに人のわるきか有らばこそ人のわるきは我がわるきなり。此歌心の鏡なるべし。斯く云ふとて科を免せとには非ず。慈悲を以て法を正し科を改めよとなり。畜類の上にも見よ馬は馬牛は牛。鳥は鳥夫々の働きあり。非情草木も亦同じ麻はおのづから直く。蓬はおのづから出れり。薬とある草もあり毒となる草もあり。是何れの所より分れたるにか。天地の恵みは変らねども。夫々の差別有り。何れを是とし何れを非とか成さん。誠に万物一体なる事を知べし。歌に春雨のわきてそれとはふらねども受くる草木はおのが色々柳は緑り花は紅る
書き下し
物云ふ度に非を顕はし。情を知らぬを見目として人を過ち身を害なひ。科なき人に怨みを成し。異見をすれは腹を立て。面に賢と顕はして人の為と思はず。惣じて其性々一様に非ず。箇様の見分け叶はずして。下々の人をも上々の人に競て批判し。或は人の僻事に我が心を乱して惑ふ。是皆な分限を見分けざる故なり。譬へは碁将棋の上手下手其位定りたり。人々の分別も何ぞ是に異らんや。人の僻事を憎まんならば。碁将棋の下手悪き手遣するを僻事なりと憎まんや。是を以て知るべし。何れの人も行ひ悪くせんとは有らねども。心たらずして我が身をも亡すなり。譬へは貧き人の過分のふるまひ適はざるが如し。されは己の分限より上の働らき成るべからず。兎角心の至らざる故と心得て。結句憐む心あるべし。己れ温なる時は浮世に悪き人なし。己れ僻事ある時は悪き人世に多し。歌に我がよきに人のわるきか有らばこそ人のわるきは我がわるきなり。此歌心の鏡なるべし。斯く云ふとて科を免せとには非ず。慈悲を以て法を正し科を改めよとなり。畜類の上にも見よ馬は馬牛は牛。鳥は鳥夫々の働きあり。非情草木も亦同じ麻はおのづから直く。蓬はおのづから出れり。薬とある草もあり毒となる草もあり。是何れの所より分れたるにか。天地の恵みは変らねども。夫々の差別有り。何れを是とし何れを非とか成さん。誠に万物一体なる事を知べし。歌に春雨のわきてそれとはふらねども受くる草木はおのが色々柳は緑り花は紅る
現代語訳
物を言うたびに自分の非を表し、情を知らないことを得意として人を傷つけ身を損ない、罪のない人に恨みを向け、忠告を受ければ腹を立て、顔つきに賢さを見せて、人のためとは考えません。総じて人の性質は一様ではありません。このように見分けることができず、下々の人を上々の人と競べて批判し、あるいは人の誤りに自分の心を乱して惑います。これはみな分限を見分けないためです。たとえば碁や将棋の上手と下手は、その位が決まっています。人々の分別もこれと同じです。人の誤りを憎むのなら、碁や将棋の下手が悪い手を打つのを誤りだと憎むでしょうか。これで分かるはずです。どの人も行いを悪くしようと思っているのではなく、心が足りないために身を滅ぼすのです。たとえば貧しい人が身の程を越えた振る舞いをしようとしてもできないのと同じです。ですから自分の分限より上の働きはできないものです。何につけても心が至らないためと心得て、むしろ憐れむ心を持ちなさい。自分が穏やかなときは世に悪い人はなく、自分に誤りがあるときは悪い人が世に多いのです。歌に「我がよきに人のわるきか有らばこそ人のわるきは我がわるきなり」とあります。この歌は心の鏡とするべきです。こう言うからといって、罪を許せというのではありません。慈悲をもって法を正し、罪を改めさせよということです。動物の上にも見なさい。馬は馬、牛は牛、鳥は鳥で、それぞれの働きがあります。心のない草木もまた同じで、麻は自然にまっすぐに伸び、蓬は自然に生え出ます。薬になる草もあれば毒になる草もあります。これはどこから分かれたのでしょうか。天地の恵みは変わらないのに、それぞれに差別があります。どれを是としどれを非とできるでしょう。まことに万物は一体であると知りなさい。歌に「春雨のわきてそれとはふらねども受くる草木はおのが色々」とあります(春雨は分け隔てなく降るのに、受ける草木はそれぞれの色になる)。柳は緑、花は紅です。
解説
この章句が説くこと
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盲安杖・第五条・分限を見分て其性々を知るべき事・前半分限を見分て其性々を知れ。先よき人の云ふは如何にも心けだかく。自を忘て他の為を思ひ。情を先として憐み深く。是非分明にして心柔かに。忠孝の行ひ正しく。万人に誠ありて悪き人をも捨ず。高位に在て誇る心なく。へりくだりて慢る心なし。世の常の人は。義理を知りて世に反かず。人の嘲笑を顧て身を慎み愚痴心を戒め。仮りにも道を学び賢なるを敬ひ。智あるに親く。忠孝の行に背かず仁義を心にかけ。家職を守りて命を軽んじ。名を万代に遺さん事を本意とす。愚なる人は忠孝を勤むるに似て志定らず。仁義を学びて誠なし。名利を専として一度は恥を知り一度は忘れ。一方へは義理を正し一方へは背き。物を憐む心あれども亦人の憂を顧ず。親き中も背き易く機に従ふを善とし。正くして従ざるを憎み。我才学と顕して人に優らん事を思ひ。理非を知ても分明ならず。好む方へは誘かれ。嫌ふ方へは疎くして和らぐ心すくなく。無欲なれども賤く。頼もしけれども其甲斐なく。浅き心に任せて人の上を謀れども身の節を慥に知ず。分別愚かにして正しからざる故に。濫に心動きて世に背く事多し。下愚の人ハかりそめにも。心柔なる善き人を嘲り賢なるを憎み。賤きに親しくして人の悪きを悦び秀る人をそねみ。利根だてを面よりして人をは浅く見なし。身の上より自慢して恩をば速に忘れ。少しの仇に長き怨を結び。わづかの事に怒りを成し。夫を却て利口にし。罰をも知らで欲深く。是非をも更に弁へず。
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盲安杖・第三条・物毎に他の心に至るべき事・後半わづかの身命を助くると雖。食物乏くして憂強し。年貢借物不足して妻子を売り。生きながら別れて遠国に趣き。其悲と思ひやるべし。亦世に零落たる人妻子を育ゑかね。望々深く諂ふを見て。賤む事有べからず。其人に成て見よ。亦非人乞食飢寒の憂ひに苦々。野山に伏し一生を送る有様。不便なるに非ずや。亦幼者の科なき心を能受べし。彼を嚇し痛む事有べからず。哀む心則ち身心衰へ病ひと成と云へり。温しき者の病も七情より起るとなり。されば鳥獣を籠に入れ。繋ぎ苦めて目を悦ばすこと。彼が心を知らざる故なり。野山を思ふ憂ひ切なるべし。心ある人是を憐まざらんや。亦殺生を好むこと仁の心なき故なり。短命は殺生より来ると云へり。我命のをしきを知ば。小き虫より至る迄心を止めて見よ。子を思ひ夫婦をねたみ。命と惜むこと偏に愚痴なれば。人間よりも優りて甚しかるべし。賢聖の教を受けて道理を知り。常に修し行する人間さへ。我執強く命を惜むこと限なし。況や愚痴一偏の畜類に於てをや。顧みずは有るべからず。惣じて人の憂を知れ。万物隔たると雖。本来の心は一なり。何れを自他と云はんや。愚人の前にては人我の隔あり。聖人の前にては自他の差別なし。さる程に誠の人は情を先として憐深し。釈尊は三界の衆生を一子の如く憐み玉ふなり。かたゞけなきに非ずや。一如の水流れて万波と分る。仮令は天上の一月万水に移るが如く。人々の性亦是に異らず。されば賤むべき物もなく。隔つべき物もなし。一切衆生悉有仏性の理を悟るべし。歌に庭より生ふちり〱草の露までも影をほそめて宿る月かな
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『驢鞍橋』卷下一日、去る女人来て云はく、下々の申すことは耳に障らぬ様に用ゐ候とも、上たる人の非義は、何としても心に碍はる也。其の故は、上たる人に似合ぬ云分哉と思ふ心起て腹立つ也。師示して曰く、天は晴れたる物なれども、雨降り風吹くことあり、是れも上に似合はぬとて悪まんや。其方は暗をも十五夜の如くにして置度社思はるらん。上にも晴曇無くては、又同し土より出る草木にも、毒と成るも有り、薬と成るも有り、柳は綠、花紅、それぞれの色有り、人間の性も如是一様なるべからず。然るに我心狭くして、加様の見分なく、他の是非を病んて苦む也。
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盲安杖・第二条・己を顧て己を知るべき事・前半己を顧て己を知れ。仮令学文広くして如何ほど物を知りたりとも。己を知らずは物知りたるに非ず。されば己を知らずして余所を知ることあるべからず。己を更に知らざる人は。愚ある己が心を本として。他を譏り心に適ふを嘉し。温にして従はざるを嗔り。万事に憤り深く。みづから己を苦めて心を悩すことは。偏に己が僻事ある故あり。万人我に適はざるを知らば。我も亦万人の心に適ふまじと知れ。我に僻事なき人は万人を捨ず。万人を捨ざれば万人も亦此人を嫌はず。其故如何と云ふに。誠の人は心温にして正しく。万事に誠ありて情深き故あり。己を知て僻事なきを徳ある人とす。己僻事なる時は苦み絶はず。されば僻事は己が仇なることを慥に知て。二六時中をこたる事なく。顧て慎むべし。世に人多しと雖。己を知る人稀なるべし。人々身の上を知りたりとは思へども。必ず死ずる身を持て。死有ることを忘れて万年の思をなす故に。年月を惜む人なし。然る間だ貪嗔邪偽の心を事として。忠孝の道に反き。仁義を弁へずして諂誑諂曲の心を用ひ。家職を余所にして無益の事を好み。身の僻事を知らずして。他人の是非を説き。我執強くして人を憐む心なく。好む方に貪着し嫌ふ方に疎く。一度は悦び一度は憂ひ。分別みだりにして物に逆ひ。偶道を聞ては人を謀る定規となし。身の上を忘れては。余所を謀るもいかで当らんや。
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盲安杖・第六条・止まる所を離れて德ある事止まる所を離れて徳ある事を知れ。皆そこ〱に止りて前後闇ふして徳なし。渡世の営みも人の上を見る時は。小利大損なる事多し。然れども身の上を知る人少し。小を捨て大に着かん事と思はゞ。止る所に心を着て見よ。離れは必ず徳を受くべし。譬へは碁の上手は盤中より目をくばり。前後を分別して。十の石を捨て十一に着くを見よ。下手は更に目見えずして。一石を吝み盤中の死するを知らず。余所へ心そをくばる事叶はず。されは愚人の行ひ亦是に異らず。先づ盲目は心まで闇うして。盲目の間を離れず。盲目に優ん事斗りを願て。長く黒闇に陥り。女は亦女の間に住して。我執深く恨みそねむ有様。愚痴なりとは見れども。何れの人も此の如し。大は大につき小は小につき。其節々を離れず。士民百姓はわづか一村二村の間に心を止めて。身上を比べ分別を諍ひて離れず。侍は亦侍の間に住で。わづかかの己が友五十人百人の間を離れずして。其れもわく肝要とぢて。身上を比べ分別諍ひて。怨みそねむ心あり。出家は亦出家の間に止て。智恵を諍ひ住持を望で。遂に出離を知らず。其外人間の有様その品異りと雖。迷ふ心は一なり。色を見て着し。声を聞て愛執の思を成そ。色よく油つきたる人。その肉腐て蛆と成る。其骨恐ろしき形なり。其心鬼畜の如し。何れの所に執心せんや。素より女の性ひがめり。貪欲甚しく人我の相深く。迷の方へ誘れて是非を知らず。口は利根にして心浅し。彼に従ふ時は輪廻の業となり。背く時は怨敵と成る。兎にも角にも拙きものと知りて。己れを慎て惑ふ事なかれ。斯云ふとて女を捨てよとには非ず。色に着して恥を顕はす事なかれとなり。女人は是諸仏の母全く誹るべからず。我が僻事を改むべし。夫れ愚人の心は更に人道に住む事適はず。多くは唯餓鬼畜生を住家として。縁に逢ふ時は修羅地獄に入て片時も休む事なし。富て足れりと雖是を悦て離るゝ事を弁へず。仮にも誠の理を聞ては。恐れ嘲りて罵る浅間敷に非ずや。明かに此理を知りてそ〱と離れて。立上り自由なる身と成るべし。片時も止る事なかれ。歌にいづくにも心とまらば住みかへよながらへはまた元の古さと。此所にも止まらず彼所よりも止まらず。離れ〱て落ち所を知れ。古語に曰く千峰勢到岳辺尽万波声皈海上消。
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盲安杖・第二条・己を顧て己を知るべき事・後半実に理をこそ知らずとも。己が僻事を弁へずは有るべからず。箇様の理を聞て。身の上を知らぬにはあらねども。年来習慣し業なれば。今更改め難しと云ふ人あり。実に己が僻事なりと知らば。改め難しとは云べからず。若し我が力に及ばぬ程ならば。仏神に祈誓して心を清むべし。清浄無碍の心を祈らん人を。などか仏神納受し玉はざらんや。世の常の人の祈る事は。欲に欲を重ね愚痴に愚痴を重ぬる祈なり。仏神は此理を戒めて諸経を説ぎ置き玉へば。結句此経を読み。欲心愚痴を祈る如何にして。仏神これを受け玉はんや。却て罰を蒙るべし。仏神は広大の慈悲を以て。貪嗔痴の三毒に酔て。苦海に沈む衆生を憐み玉ひ。諸の教を以て救ひ取り。無比安楽の処に至らしめん為の御誓なり。憐なるかな此理を弁へず。自ら好て貪欲に迫られ。嗔恚に焚かれ愚痴に暗されて。更に己を知らずして。闇きより闇きに入りて。苦患を受くる事あさましきに非ずや。万事は皆非なり。心を静めて己を知れ。至人は物に任せて己に任せず。愚人は己に任せて物に任せず。されば己に任する時は。苦楽順逆共に苦なり。物に任する時は。苦楽順逆共に楽なり。古人曰く悟の前の是非は。是非共に是なり。迷の前の是非は。是非共に非なりと云へり。此語に眼をつけてかへす〱己を尽すべし。古語に曰く。聖人に己なし己ならざる所なし
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