盲安杖 / 第三条・物毎に他の心に至るべき事・前半
物毎に他の心に至れ。人を忘るゝことなかれ。先づ上四恩を知るべし。一には天地の恩。二には師の恩。三には國王の恩。四には父母の恩なり。天地の恩と云ふは四大を天地より假り。大地に身を置き。衣服食物水火家財雜具等。皆以て天地の恩なり。顧みずは有るべからず。師の恩と云ふは。迷の凡夫三途の苦患を離れ。輪廻の業を免れ。佛果に至るべき諸の敎の恩あり。言にはかりなし。國王の恩と云ふは。亂世にして人民身の置所なく。盜賊狼藉の惡黨國に滿ちて。近里の道路自由ならず。晝夜心の油斷なく。戰ふ心はかりにて。さながら鬼畜に異らず。然るに國王國を平らげ玉ひ。政道正しき御代となり。仁義五常も行はれ諸民の心正路にて。學はずして道に近し。身の置所廣くして。渡世の營み品々自由なり。此恩德を知らざらんや。父母の恩と云ふは。母の胎內にやどり十月の苦患をかけ。生れ出しより晝夜乳哺養育に心を盡し。人と成せし恩なり。具に父母恩重經に見えたり。亦衆生恩あり。農人の恩。諸職人の恩。衣類紡績の恩。商人の恩。一切の所作互に相助けらるゝ恩。たしかに是を知て人を隔つること有るべからず。惣じて他の心を能く受くべし。されば主人に向ふ時は主人の心に至りて。我が行ひの至らざるを知れ。下人に向ふ時は下人の心に至りて。万事苦を知れ。日夜心の油斷なく極熱飢寒の憂ひ。身の疲れ心の惱み時々に思ひ知るべし。士民百姓等晝夜の營に。身心を苦め五穀を作出し。國土の人民を養ふ。一粒の米に百手の數あたると云へり。如此の苦惱忘るべからず。其上一人の稼を以て數多の眷属を養ひ。
新字:物毎に他の心に至れ。人を忘るゝことなかれ。先づ上四恩を知るべし。一には天地の恩。二には師の恩。三には国王の恩。四には父母の恩なり。天地の恩と云ふは四大を天地より仮り。大地に身を置き。衣服食物水火家財雑具等。皆以て天地の恩なり。顧みずは有るべからず。師の恩と云ふは。迷の凡夫三途の苦患を離れ。輪廻の業を免れ。仏果に至るべき諸の教の恩あり。言にはかりなし。国王の恩と云ふは。乱世にして人民身の置所なく。盗賊狼藉の悪党国に満ちて。近里の道路自由ならず。昼夜心の油断なく。戦ふ心はかりにて。さながら鬼畜に異らず。然るに国王国を平らげ玉ひ。政道正しき御代となり。仁義五常も行はれ諸民の心正路にて。学はずして道に近し。身の置所広くして。渡世の営み品々自由なり。此恩徳を知らざらんや。父母の恩と云ふは。母の胎内にやどり十月の苦患をかけ。生れ出しより昼夜乳哺養育に心を尽し。人と成せし恩なり。具に父母恩重経に見えたり。亦衆生恩あり。農人の恩。諸職人の恩。衣類紡績の恩。商人の恩。一切の所作互に相助けらるゝ恩。たしかに是を知て人を隔つること有るべからず。惣じて他の心を能く受くべし。されば主人に向ふ時は主人の心に至りて。我が行ひの至らざるを知れ。下人に向ふ時は下人の心に至りて。万事苦を知れ。日夜心の油断なく極熱飢寒の憂ひ。身の疲れ心の悩み時々に思ひ知るべし。士民百姓等昼夜の営に。身心を苦め五穀を作出し。国土の人民を養ふ。一粒の米に百手の数あたると云へり。如此の苦悩忘るべからず。其上一人の稼を以て数多の眷属を養ひ。
書き下し
物毎に他の心に至れ。人を忘るゝことなかれ。先づ上四恩を知るべし。一には天地の恩。二には師の恩。三には国王の恩。四には父母の恩なり。天地の恩と云ふは四大を天地より仮り。大地に身を置き。衣服食物水火家財雑具等。皆以て天地の恩なり。顧みずは有るべからず。師の恩と云ふは。迷の凡夫三途の苦患を離れ。輪廻の業を免れ。仏果に至るべき諸の教の恩あり。言にはかりなし。国王の恩と云ふは。乱世にして人民身の置所なく。盗賊狼藉の悪党国に満ちて。近里の道路自由ならず。昼夜心の油断なく。戦ふ心はかりにて。さながら鬼畜に異らず。然るに国王国を平らげ玉ひ。政道正しき御代となり。仁義五常も行はれ諸民の心正路にて。学はずして道に近し。身の置所広くして。渡世の営み品々自由なり。此恩徳を知らざらんや。父母の恩と云ふは。母の胎内にやどり十月の苦患をかけ。生れ出しより昼夜乳哺養育に心を尽し。人と成せし恩なり。具に父母恩重経に見えたり。亦衆生恩あり。農人の恩。諸職人の恩。衣類紡績の恩。商人の恩。一切の所作互に相助けらるゝ恩。たしかに是を知て人を隔つること有るべからず。惣じて他の心を能く受くべし。されば主人に向ふ時は主人の心に至りて。我が行ひの至らざるを知れ。下人に向ふ時は下人の心に至りて。万事苦を知れ。日夜心の油断なく極熱飢寒の憂ひ。身の疲れ心の悩み時々に思ひ知るべし。士民百姓等昼夜の営に。身心を苦め五穀を作出し。国土の人民を養ふ。一粒の米に百手の数あたると云へり。如此の苦悩忘るべからず。其上一人の稼を以て数多の眷属を養ひ。
現代語訳
何事につけても、他人の心に思いを至らせなさい。人を忘れてはなりません。まず上の四つの恩を知るべきです。一つには天地の恩、二つには師の恩、三つには国王の恩、四つには父母の恩です。天地の恩というのは、四大(地水火風)を天地から借り、大地に身を置き、衣服や食べ物、水や火、家財や道具など、みな天地の恩です。顧みないではあり得ません。師の恩というのは、迷う凡夫が三途の苦しみを離れ、輪廻の業を免れ、仏果に至るための諸々の教えの恩で、言い尽くせません。国王の恩というのは、乱世には人民の身を置く場所がなく、盗賊や乱暴な悪党が国に満ちて、近くの道さえ自由に通れず、昼夜心の油断がなく、戦う心ばかりで、まるで鬼や畜生と変わりません。ところが国王が国を平らげられ、政道が正しい御代となり、仁義五常も行われ、人々の心が正しい道にあり、学ばなくても道に近い。身を置く場所も広く、暮らしの営みもさまざまに自由です。この恩徳を知らないでよいでしょうか。父母の恩というのは、母の胎内に宿り、十月の苦しみをかけ、生まれてからは昼夜乳を飲ませ養い育てることに心を尽くし、人と成した恩です。詳しくは『父母恩重経』に見えます。また衆生の恩があります。農民の恩、さまざまな職人の恩、衣類を紡ぎ織る恩、商人の恩、あらゆる仕事が互いに助けられている恩です。確かにこれを知って、人を隔てることがあってはなりません。総じて他人の心をよく受け取りなさい。ですから主人に向かうときは主人の心に至って、自分の行いの至らなさを知りなさい。下人に向かうときは下人の心に至って、万事の苦労を知りなさい。日夜心の油断がなく、極暑や飢え寒さの憂い、身の疲れ、心の悩みを、折々に思い知りなさい。武士や民、百姓たちが昼夜の営みに身も心も苦しめて五穀を作り出し、国土の人民を養っています。一粒の米に百の手がかかると言います。このような苦労を忘れてはなりません。そのうえ、一人の稼ぎで多くの家族を養い、
解説
この章句が説くこと
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盲安杖・第三条・物毎に他の心に至るべき事・後半わづかの身命を助くると雖。食物乏くして憂強し。年貢借物不足して妻子を売り。生きながら別れて遠国に趣き。其悲と思ひやるべし。亦世に零落たる人妻子を育ゑかね。望々深く諂ふを見て。賤む事有べからず。其人に成て見よ。亦非人乞食飢寒の憂ひに苦々。野山に伏し一生を送る有様。不便なるに非ずや。亦幼者の科なき心を能受べし。彼を嚇し痛む事有べからず。哀む心則ち身心衰へ病ひと成と云へり。温しき者の病も七情より起るとなり。されば鳥獣を籠に入れ。繋ぎ苦めて目を悦ばすこと。彼が心を知らざる故なり。野山を思ふ憂ひ切なるべし。心ある人是を憐まざらんや。亦殺生を好むこと仁の心なき故なり。短命は殺生より来ると云へり。我命のをしきを知ば。小き虫より至る迄心を止めて見よ。子を思ひ夫婦をねたみ。命と惜むこと偏に愚痴なれば。人間よりも優りて甚しかるべし。賢聖の教を受けて道理を知り。常に修し行する人間さへ。我執強く命を惜むこと限なし。況や愚痴一偏の畜類に於てをや。顧みずは有るべからず。惣じて人の憂を知れ。万物隔たると雖。本来の心は一なり。何れを自他と云はんや。愚人の前にては人我の隔あり。聖人の前にては自他の差別なし。さる程に誠の人は情を先として憐深し。釈尊は三界の衆生を一子の如く憐み玉ふなり。かたゞけなきに非ずや。一如の水流れて万波と分る。仮令は天上の一月万水に移るが如く。人々の性亦是に異らず。されば賤むべき物もなく。隔つべき物もなし。一切衆生悉有仏性の理を悟るべし。歌に庭より生ふちり〱草の露までも影をほそめて宿る月かな
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