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名将言行録 / 『名将言行録』明智光秀 評・自力で得た知行

明智光秀は、美濃の土岐氏の士族で、信長に仕へる前も、軍學者で可なり有名であつたらしく、三十九歳のとき四五千石で、信長に召し抱へられたと云ふから、子飼でもなければ譜代恩顧でもない。だから、本能寺異變後に、家臣に語つた言葉として(織田家に來て十七年になりぬれども、强いて信長の譜代恩顧と云ふには非ず。尤も君恩とは云ひながら、さのみ君恩と云ふに非るべし。只武勇の鋒先を以て軍功ある故なり、誠に晝夜安堵に住はず今日に至りぬ) と、ある。結局、自分の力で取つた知行だと云ふのであらう。これは、云ひ譯と云ふよりも、光秀のありのまゝの氣持であらう。 信長も、充分その實力を認めて(丹波國日向守の働き、天下の面目を施し候)と云つてゐる。とにかく、秀吉を山陽道に、光秀を山陰道に、振り分けた位だから、信長の信用も相當であつた。 謀反については、いろ〳〵な說があるが、教養があり形式を重んずる——どちらかと云へば、勿體ぶつた光秀と、戰國的豪傑である信長の奔放活達の形式破りの性格とが知らない間に相克したわけである。

新字:明智光秀は、美濃の土岐氏の士族で、信長に仕へる前も、軍学者で可なり有名であつたらしく、三十九歳のとき四五千石で、信長に召し抱へられたと云ふから、子飼でもなければ譜代恩顧でもない。だから、本能寺異変後に、家臣に語つた言葉として(織田家に来て十七年になりぬれども、強いて信長の譜代恩顧と云ふには非ず。尤も君恩とは云ひながら、さのみ君恩と云ふに非るべし。只武勇の鋒先を以て軍功ある故なり、誠に昼夜安堵に住はず今日に至りぬ) と、ある。結局、自分の力で取つた知行だと云ふのであらう。これは、云ひ訳と云ふよりも、光秀のありのまゝの気持であらう。 信長も、充分その実力を認めて(丹波国日向守の働き、天下の面目を施し候)と云つてゐる。とにかく、秀吉を山陽道に、光秀を山陰道に、振り分けた位だから、信長の信用も相当であつた。 謀反については、いろ〳〵な説があるが、教養があり形式を重んずる——どちらかと云へば、勿体ぶつた光秀と、戦国的豪傑である信長の奔放活達の形式破りの性格とが知らない間に相克したわけである。

書き下し

明智光秀は、美濃の土岐氏の士族で、信長に仕へる前も、軍學者で可なり有名であつたらしく、三十九歳のとき四五千石で、信長に召し抱へられたと云ふから、子飼でもなければ譜代恩顧でもない。だから、本能寺異變後に、家臣に語つた言葉として(織田家に來て十七年になりぬれども、强いて信長の譜代恩顧と云ふには非ず。尤も君恩とは云ひながら、さのみ君恩と云ふに非るべし。只武勇の鋒先を以て軍功ある故なり、誠に晝夜安堵に住はず今日に至りぬ) と、ある。結局、自分の力で取つた知行だと云ふのであらう。これは、云ひ譯と云ふよりも、光秀のありのまゝの氣持であらう。 信長も、充分その實力を認めて(丹波國日向守の働き、天下の面目を施し候)と云つてゐる。とにかく、秀吉を山陽道に、光秀を山陰道に、振り分けた位だから、信長の信用も相當であつた。 謀反については、いろ〳〵な說があるが、教養があり形式を重んずる——どちらかと云へば、勿體ぶつた光秀と、戰國的豪傑である信長の奔放活達の形式破りの性格とが知らない間に相克したわけである。

現代語訳

明智光秀は、美濃の土岐氏の士族で、信長に仕える前も、軍学者としてかなり有名だったらしく、三十九歳のとき四、五千石で信長に召し抱えられたというから、子飼いでもなければ譜代恩顧でもありません。だから、本能寺の変の後に、家臣に語った言葉として(織田家に来て十七年になるけれども、強いて信長の譜代恩顧というわけではない。もっとも君恩とは言いながら、それほど君恩というわけでもないだろう。ただ武勇の切っ先をもって軍功を立てたからで、まことに昼夜安堵して住むことなく今日に至った) とあります。結局、自分の力で取った知行だと言うのでしょう。これは、言い訳というよりも、光秀のありのままの気持ちでしょう。 信長も、十分その実力を認めて(丹波国での日向守の働きは、天下に面目を施した)と言っています。とにかく、秀吉を山陽道に、光秀を山陰道に、振り分けたくらいだから、信長の信用もかなりのものでした。 謀反については、いろいろな説がありますが、教養があり形式を重んじる、どちらかといえば、もったいぶった光秀と、戦国的な豪傑である信長の奔放闊達で形式破りの性格とが、知らない間に相克したわけです。

解説

菊池寛は評で、光秀が中途採用の身で、自分の武勇で知行を得たという自負を持っていたと読みます。本能寺の変の後に家臣へ語ったと伝わる言葉を引き、言い訳ではなく本音だろうと述べます。信長が丹波での働きを認めた言葉も添え、謀反の背景を、形式を重んじる光秀と形式破りの信長の性格の衝突と見ます。これは当時の一つの見方です。実力で入った人と、創業者の流儀との相性は、現代の組織でも起こる問題です。
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この章句が説くこと

明智光秀軍学者譜代恩顧知行信長性格の相克

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