宋名臣言行録 / 後集巻十四・徐積
先生為文率用腹稿口占嘗曰文字在胸中出之未暇者不可勝記
書き下し
先生文を爲るに、率ね腹稿を用いて口占す。嘗て曰く、文字の胸中に在りて、之を出だすに暇あらざる者は、勝げて記す可からず、と。
現代語訳
徐積は文章を作るのに、たいてい腹案を用いて口述した。かつてこう言った。「文章で、胸のなかにありながら、それを外に出す暇のないものは、数え上げることができない」。
解説
二十六字の条です。書く前に、頭のなかで組み上がっている。**たいてい腹案を用いて口述した。**紙の上で考えていない、ということです。そして次の一行が、この作り方の裏側を見せます。**胸のなかにありながら、それを外に出す暇のないものは、数え上げることができない。**出せたものより、出せなかったもののほうが多い。書かれた分だけが、その人の考えのすべてではありません。
この章句が説くこと
先生文を為るに率ね腹稿を用いて口占す文字の胸中に在りて之を出だすに暇あらざる者は勝げて記す可からず腹稿を用いて口占す之を出だすに暇あらざる者文章構想
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