宋名臣言行録 / 後集巻十四・徐積
先生於前代名将酷慕諸葛武侯以其所學之廣所養之厚也嘗謂兵者實大賢盛德之事非小才小智所能用亦不獨用之難也言之亦難若其所養不至而易言之鮮不敗事
新字:先生於前代名将酷慕諸葛武侯以其所学之広所養之厚也嘗謂兵者実大賢盛徳之事非小才小智所能用亦不独用之難也言之亦難若其所養不至而易言之鮮不敗事
書き下し
先生前代の名將に於いて、酷だ諸葛武侯を慕う。其の學ぶ所の廣く、養う所の厚きを以てなり。嘗て謂う、兵なる者は實に大賢盛德の事なり。小才小智の能く用うる所に非ず。亦た獨り之を用うるの難きのみならざるなり。之を言うも亦た難し。若し其の養う所至らずして之を易く言わば、事を敗らざるは鮮し、と。
現代語訳
徐積は前代の名将のなかで、諸葛亮をひどく慕った。その学ぶところが広く、養うところが厚かったからである。かつてこう言った。「兵というものは、実に大賢で徳の盛んな者の事である。小さな才、小さな知恵で用いることのできるものではない。しかも、ただ用いることが難しいというだけではない。それを語ることもまた難しい。もしその養いが十分でないのに、これを軽々しく語れば、事を破らないことはまれである」。
解説
諸葛亮を慕った理由が、戦の巧みさではありませんでした。その学ぶところが広く、養うところが厚かったからである。そのうえで、難しさを二段に分けます。ただ用いることが難しいというだけではない。それを語ることもまた難しい。実行だけでなく、論じることにも資格が要る。理由も具体的です。その養いが十分でないのに、これを軽々しく語れば、事を破らないことはまれである。軽い口が、実際の失敗を作るからです。
この章句が説くこと
先生前代の名将に於いて酷だ諸葛武侯を慕う其の学ぶ所の広く養う所の厚きを以てなり兵なる者は実に大賢盛徳の事なり小才小智の能く用うる所に非ず若し其の養う所至らずして之を易く言わば事を敗らざるは鮮し兵資格
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