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宋名臣言行録 / 後集巻十四・徐積

太夫人既以疾終先生號慟嘔血絶而後蘇哭不輟聲水漿不入口七日廬墓三年卧苫枕塊縗絰不去身至雪夜哀號伏墓呼太夫人問寒否如平生顛委僵仆手足皆裂不顧也所居茅舍不蔽風雨而農夫樵父瞻仰如神有争訟者必造之先生以義裁决皆悦服而去不復造有司太守迎先生入學先生居州學舎尚設考妣几筵晨昏起居執㸑滌器饋食如生冬以火溫衾夏揮扇去蚊蚋思母平時所甘㫖以供祀未嘗一日不奉酒也

新字:太夫人既以疾終先生号慟嘔血絶而後蘇哭不輟声水漿不入口七日廬墓三年卧苫枕塊縗絰不去身至雪夜哀号伏墓呼太夫人問寒否如平生顛委僵仆手足皆裂不顧也所居茅舎不蔽風雨而農夫樵父瞻仰如神有争訟者必造之先生以義裁決皆悦服而去不復造有司太守迎先生入学先生居州学舎尚設考妣几筵晨昏起居執㸑滌器饋食如生冬以火温衾夏揮扇去蚊蚋思母平時所甘旨以供祀未嘗一日不奉酒也

書き下し

太夫人既に疾を以て終わる。先生號慟して血を嘔き、絶えて後に蘇る。哭して聲を輟めず。水漿口に入らざること七日。墓に廬すること三年、苫に卧し塊を枕とし、縗絰身を去らず。雪夜に至れば哀號して墓に伏し、太夫人を呼びて寒きや否やを問うこと平生の如し。顛委僵仆し、手足皆な裂くるも顧みざるなり。居る所の茅舍は風雨を蔽わず。而して農夫樵父瞻仰すること神の如し。争訟有る者は必ず之に造る。先生義を以て裁决す。皆な悦服して去り、復た有司に造らず。太守先生を迎えて學に入らしむ。先生州の學舍に居るも、尚お考妣の几筵を設け、晨昏の起居、㸑を執り器を滌い、食を饋ること生けるが如し。冬は火を以て衾を溫め、夏は扇を揮いて蚊蚋を去る。母の平時甘旨とする所を思いて以て祀に供し、未だ嘗て一日も酒を奉ぜざるなし。

現代語訳

母が病で世を去った。徐積は号泣して血を吐き、息が絶えてから蘇った。泣いて声をやめなかった。七日のあいだ水も汁も口に入れなかった。墓のそばに庵を結ぶこと三年、藁の上に寝て土くれを枕とし、喪服を身から離さなかった。雪の夜になると、悲しみ叫んで墓に伏し、母を呼んで寒くはないかと尋ねること、生前と同じであった。倒れ伏し、手足がみな裂けても顧みなかった。住んでいた茅葺きの小屋は風雨を防げなかった。それでも農夫や木こりは、神のように仰ぎ見た。争いごとのある者は必ずここへやって来た。徐積は義によって裁いた。みな納得して去り、二度と役所へは行かなかった。太守は徐積を迎えて学校に入らせた。徐積は州の学舎に住んでも、なお亡き父母の霊席を設け、朝晩の起居、かまどに立ち器を洗い、食事を供えること、生きている人に対するようであった。冬は火で夜具を温め、夏は扇を振って蚊を追った。母がふだん好んだ味を思って祀りに供え、一日として酒を供えないことがなかった。

解説

度を越しているようにも読める記述が、そのまま残されています。**倒れ伏し、手足がみな裂けても顧みなかった。**この書は、行き過ぎに見える条も削りません。そして、その姿が周りに何を起こしたかが続きます。**争いごとのある者は必ずここへやって来た。徐積は義によって裁いた。みな納得して去り、二度と役所へは行かなかった。**役所に行かなくなった、という一行が効いています。学舎に移ってからも変わりませんでした。**朝晩の起居、かまどに立ち器を洗い、食事を供えること、生きている人に対するようであった。**

この章句が説くこと

太夫人既に疾を以て終わる先生号慟して血を嘔き絶えて後に蘇る雪夜に至れば哀号して墓に伏し太夫人を呼びて寒きや否やを問うこと平生の如し争訟有る者は必ず之に造る先生義を以て裁決す皆な悦服して去り復た有司に造らず

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