宋名臣言行録 / 後集巻十四・徐積
先生事母謹嚴非有大故未嘗去其側日具太夫人所嗜或不獲即奔走闤市人或慕其純孝損直以售之太夫人飲食時率家人在左右為兒戲或謳歌以説之故太夫人雖在窮巷而奉養與富貴家等無須臾不快也應舉貢禮部不忍一日去其親遂徒步載母西入京師一日借人書册經夕還之人知其必不校乃誣曰冊中有金葉先生遜謝賣衣償金聞者皆不平強使歸金先生終不受
新字:先生事母謹厳非有大故未嘗去其側日具太夫人所嗜或不獲即奔走闤市人或慕其純孝損直以售之太夫人飲食時率家人在左右為児戯或謳歌以説之故太夫人雖在窮巷而奉養与富貴家等無須臾不快也応舉貢礼部不忍一日去其親遂徒歩載母西入京師一日借人書册経夕還之人知其必不校乃誣曰冊中有金葉先生遜謝売衣償金聞者皆不平強使帰金先生終不受
書き下し
先生母に事うること謹嚴なり。大故有るに非ざれば、未だ嘗て其の側を去らず。日ミ太夫人の嗜む所を具う。或いは獲ざれば即ち闤市に奔走す。人或いは其の純孝を慕い、直を損じて以て之を售る。太夫人の飲食する時、率ね家人を左右に在らしめ、兒戲を爲し、或いは謳歌して以て之を説ばす。故に太夫人窮巷に在りと雖も、奉養は富貴の家と等しく、須臾も快からざる無し。舉に應じて禮部に貢するも、一日も其の親を去るに忍びず。遂に徒步して母を載せ、西のかた京師に入る。一日人の書册を借り、夕を經て之を還す。人其の必ず校べざるを知り、乃ち誣いて曰く、册中に金葉有り、と。先生遜謝して衣を賣りて金を償う。聞く者皆な平らかならず、強いて金を歸らしむ。先生終に受けず。
現代語訳
徐積は母に仕えることが慎み深く厳格であった。よほどの事情がなければ、その傍らを離れたことがなかった。毎日、母の好むものを用意した。手に入らないときはすぐ市場を駆け回った。人は時にその純粋な孝を慕って、値を下げて売ってくれた。母が食事をするときは、たいてい家の者をそばに置き、子どものような戯れをしたり、歌を歌ったりして母を喜ばせた。だから母は貧しい路地に住んでいても、その世話は富貴の家と変わらず、片時も楽しくないということがなかった。科挙に応じて礼部に上るときも、一日たりとも親から離れるに忍びなかった。そこで自分は歩いて母を車に乗せ、西の都に入った。ある日、人の書物を借り、一晩たって返した。相手は徐積が必ず調べたりしないと知って、そこで偽って言った。「冊子のなかに金の葉が挟んであった」。徐積は詫びて、衣を売って金を弁償した。それを聞いた者はみな憤り、無理にその金を返させた。徐積は最後まで受け取らなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『翁問答』上卷之本此宝は天に在ては天の道となり、地に在ては地の道となるは、元来名はなき物なれ共、衆生に教へ示さん為めに、昔しの聖人其光景をかたどりて、孝と名付け玉ふ、夫よりこの方愚痴不肖の賤男賤女に至る迄も、其名をば知ると云共、其真実の道理は、老師宿儒知見抜群の人さへ悟り得る事稀なり、然る故に世俗孝は親に事ふる一事となして、浅近の道理なりと思へり、孔子嘆かはしく思召して、万世の盲聾を開かん為めに、孝徳神妙不測広大深遠にして、無始無終の神道を孝経に発明し玉ふ、孝徳の感通を手近く名付け言へば、愛敬の二字に極まれり、愛は懇に親しむ心なり、敬は上をうやまひ下を軽しめ侮らざる義なり、孝は譬へば明なる鏡の如し、向ふ物の形と色とに因て、鏡の中の影は品々かはれ共、明らかに写す鏡の体は同じ者なり、其如く父子君臣の人倫に相交ることは、千々万々品変れ共、愛敬の至徳は通せざる所なし、
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『徂徠先生答問書』卷中一孝行の儀御尋に候。成程聖人の教には孝弟忠信を中庸の徳行と名付け、是を貴賤によらず人たる者の勤め行ふべき事といたし申候。君子の道も、是を土台にいたし不申候得ば、高きにのぼるに楷梯なきがごとくに御座候。舜の契を司徒の官になされ、五倫を教へしめ給ふも、孔子の民に中庸の徳なき事を御なげき被成候も同意にて御座候。孝は父母によくつかへ候事、弟は兄長によくつかへ候事、忠は君につかゆるにても、又たれにても、人のためになし候事をば我身の事のごとくに如在なく身にかけ申候事に候。信と申候は、朋友其外あまねくの人にまじはり申候には言語を慎み偽り違候事なきやうに致し候を申候。是にて父母兄弟君臣朋友の道こもり申候故、五倫と申候も、中庸と申候も、孝弟忠信と申候も、ひとつ事にて御座候。
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『翁問答』上卷之本体充問曰庶人の孝行はいかゞ。師の曰農工商何れも其所作を能勤め怠らず財穀を貯へ、むざと費やさず身持心立能慎み、公儀を恐れて法度に背かず、我身子の事をば第二とし、父母の衣服食物を第一に思ひ入、心力を尽して及ぬきはをも調へて父母の受悦ぶ様にもてなして能く養ふは庶人の孝なり。体充問曰五等の孝の内、只庶人に計り父母を養ふと説給ふは、如何なる故にて候や。師の曰士より上は財乏しからず養ふ事は云ふに及はず、庶人は財乏しくして、充分に心を苦しめ力を尽さゞれば、衣服食物足らざる故に、庶人に計り養ひを説給ふ五等皆其位の内にて第一重き所を取りて、説給ふ道理は皆相通するなり、能く体認すべし。
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尚書・君陳王若(かく)のごとく曰く、「君陳よ、惟れ爾令徳にして孝恭なり。惟れ孝にして、兄弟に友に、克く有政に施す。汝に命じて茲の東郊を尹(をさ)めしむ、敬せよや。昔周公万民を師保し、民其の徳を懐く。往きて乃の司を慎み、茲に厥の常に率へ。懋めて周公の訓を昭らかにせば、惟れ民其れ乂まらん。我聞く、曰く、
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論語・為政篇孟武伯孝を問う。子曰く、「父母は唯其の疾(やまい)を之憂う。」
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『十善法語』巻第五・不綺語戒若或ハ父母カ悪事ニ随順シテ止ヌコトアレハ。此ハ変ト知ヘシ。其時ニハ事ノ軽重。時ノ進不ヲ斟酌スヘキコトシヤ。自心ノ及ハヌ処ハ。智者明師ノ指示ヲ受ルガヨイ。要ヲ取テ云ハ。此孝道。思惟度量シテ別ニムツカシキ一法ヲ造作スルナラス。唯子タル者ノ平生安ンスル処。コレヲ孝ノ道ト云。何故ニ如是ソ。此父母コレ我自性善根ノ開発セル儀シヤ。若業障深キ衆生ハ父母ノ名字タモ聞コトナラヌシヤ。梵網経ニ。若有犯者不得現身発菩提心。乃至二却三却不聞父母三宝名字トアル。余経ニ。夢ニ父母師僧ヲミル。皆福分ノアル処ト云。魚ノ水中ニ游フ如ク。鳥ノ空中ニ飛カ如ク。孝子順孫ノ父母王母ノ膝下ニアル。此ニ同シ。実実ニカクノ如クナラバ。地中ニ金一釜ヲ得ズトモ或ハ冬時筍ヲ得ストモ。孝道全トス。世ニ不孝ノ子アル。或ハ功利名誉ニ蔽ハル。或ハ博奕婬酒ニ蔽ハル。ミナ宿悪深重ノナス所ト知ルヘキシヤ。

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