宋名臣言行録 / 後集巻十四・徐積
先生因具公裳見貴官忽自思云見貴官尚必用公裳豈有朝夕見母而不具公裳者乎遂晨夕具公裳揖其母
書き下し
先生公裳を具えて貴官に見ゆるに因り、忽ち自ら思いて云う、貴官に見ゆるすら尚お必ず公裳を用う。豈に朝夕母に見えて公裳を具えざる者有らんや、と。遂に晨夕公裳を具えて其の母に揖す。
現代語訳
徐積は礼服を整えて高位の役人に会ったのをきっかけに、ふと自分で考えて言った。「高位の役人に会うのにさえ、必ず礼服を用いる。それなのに朝晩に母に会うのに、礼服を整えないということがあってよいだろうか」。そこで朝夕に礼服を整えて母に礼をするようになった。
解説
きっかけが、ふだんどおりの一日でした。**礼服を整えて高位の役人に会った。**そこで比べる相手が出てきます。**それなのに朝晩に母に会うのに、礼服を整えないということがあってよいだろうか。**格上には整えて、いちばん近い人には整えない。矛盾に気づいた、というだけの話です。そして気づいて終わりませんでした。**そこで朝夕に礼服を整えて母に礼をするようになった。**毎日二回、生涯続く形に落としています。
この章句が説くこと
先生公裳を具えて貴官に見ゆる貴官に見ゆるすら尚お必ず公裳を用う豈に朝夕母に見えて公裳を具えざる者有らんや遂に晨夕公裳を具えて其の母に揖す礼身近
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