宋名臣言行録 / 後集巻十四・劉恕
王介甫與道原有舊介甫參大政欲引道原修三司條例道原固辭以不習金榖之事因言天子方屬公以政事宜恢張堯舜之道以佐明主不應以財用為先介甫雖不能用亦不之怒及呂獻可得罪道原往見介甫曰公所以致人言葢亦有所未思因為條陳所更法令不合衆心者宜復其舊則議論自息介甫大怒遂與之絶即奏乞監南康軍酒得之
新字:王介甫与道原有旧介甫参大政欲引道原修三司条例道原固辞以不習金榖之事因言天子方属公以政事宜恢張堯舜之道以佐明主不応以財用為先介甫雖不能用亦不之怒及呂献可得罪道原往見介甫曰公所以致人言葢亦有所未思因為条陳所更法令不合衆心者宜復其旧則議論自息介甫大怒遂与之絶即奏乞監南康軍酒得之
書き下し
王介甫と道原と舊有り。介甫大政に參ずるや、道原を引きて三司條例を修めしめんと欲す。道原固く辭するに、金穀の事を習わざるを以てす。因りて言う、天子方に公に屬するに政事を以てす。宜しく堯舜の道を恢張して以て明主を佐くべし。應に財用を以て先と爲すべからず、と。介甫用うる能わずと雖も、亦た之を怒らず。呂獻可罪を得るに及び、道原往きて介甫に見えて曰く、公の人言を致す所以は、蓋し亦た未だ思わざる所有ればなり、と。因りて爲に更むる所の法令の衆心に合わざる者を條陳し、宜しく其の舊に復すべくんば、則ち議論自ずから息まん、と。介甫大いに怒り、遂に之と絶つ。即ち奏して南康軍の酒を監せんことを乞い、之を得たり。
現代語訳
王安石と劉恕とは旧知であった。王安石が政権に加わると、劉恕を引き入れて三司条例を編ませようとした。劉恕は、財政のことに通じていないという理由で固く辞退した。そのうえで言った。「天子はいま、あなたに政治をお任せになっている。堯舜の道を大きく広げて名君をお助けすべきです。財政を第一とすべきではありません」。王安石は用いることはできなかったが、これを怒りもしなかった。呂誨が罪を得たとき、劉恕は王安石に会いに行って言った。「あなたが人々の非難を招いておられるのは、まだお考えの及んでいないところがあるからでしょう」。そこで王安石のために、改めた法令のうち人々の心に合っていないものを条項ごとに挙げ、それを元に戻せば議論は自然に止むでしょう、と述べた。王安石は大いに怒り、そのまま絶交した。劉恕はすぐさま上奏して南康軍の酒税監督を願い出て、それを得た。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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葉隠・聞書第一主人に諫言(かんげん)をするに色々あるべし。志(こころざし)の諫言は、脇(わき)に知れぬ様にするなり。御気(おんき)にさからわぬ様にして御癖(おんくせ)を直し申すものなり。細川頼之(ほそかわよりゆき)が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄(おとしより)何某(なにがし)承り、「某(それがし)、一命を捨てて申し上ぐべく候。段々御延引(ごえんいん)の上に脇寄(わきよ)りなど遊ばされ候節(せつ)、以ての外(ほか)然(しか)るべからず候。」と、諸人(しょにん)に向かい、「御暇乞(おいとまごい)仕り候。」と詞(ことば)を渡し、行水(ぎょうずい)、白帷子(しろかたびら)下着(したぎ)にて御前(ごぜん)へ罷出(まかりい)でられ、追付(おっつけ)退出、また諸人に向かい、「拙者(せっしゃ)申し上げ候儀、聞召(きこしめ)し分けられ本望至極(ほんもうしごく)、皆様へ一度御目に懸(かか)り候儀、不思議の仕合(しあわ)せ。」など広言(こうげん)申され候。これ皆、主人の非を顕(あらわ)し、我が忠を揚げ、威勢(いせい)を立つる仕事なり。多分、他国者(たこくもの)にこれあるなり。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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荀子・大略篇人の臣下たる者は、諫むること有るも訕ること無く、亡ること有るも疾むこと無く、怨むこと有るも怒ること無し。
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尚書・皐陶謨予(われ)違(たが)わば、汝(なんじ)弼(たす)けよ。汝、面従(めんじゅう)することなく、退(しりぞ)きて後言(こうげん)あることなかれ。