宋名臣言行録 / 後集巻十四・劉恕
皇祜初光為貢院屬官時有詔士能講解經義者聽别奏名應詔者數十人問以春秋禮記大義其中一人所對最精詳先具注疏次引先儒異説末以巳意㫁之凡二十問所對皆然主司驚異擢為第一及發糊名乃進士劉恕光以是慕重之
新字:皇祜初光為貢院属官時有詔士能講解経義者聴別奏名応詔者数十人問以春秋礼記大義其中一人所対最精詳先具注疏次引先儒異説末以巳意㫁之凡二十問所対皆然主司驚異擢為第一及発糊名乃進士劉恕光以是慕重之
書き下し
皇祐の初め、光貢院の屬官爲り。時に詔有り、士の能く經義を講解する者は、別に名を奏するを聽す、と。詔に應ずる者數十人。問うに春秋・禮記の大義を以てす。其の中の一人、對うる所最も精詳なり。先ず注疏を具し、次に先儒の異説を引き、末に己が意を以て之を斷ず。凡そ二十問、對うる所皆な然り。主司驚異し、擢でて第一と爲す。糊名を發するに及び、乃ち進士劉恕なり。光是を以て之を慕重す。
現代語訳
皇祐の初め、私(司馬光)は貢院の属官であった。当時、詔が下って、士人で経書の意味を講じ解くことができる者は、別に名を挙げて奏上してよい、とされた。詔に応じた者は数十人であった。『春秋』と『礼記』の大義について問うた。そのなかの一人は、答えがもっとも精密で詳しかった。まず注と疏を挙げ、次に先の儒者たちの異なる説を引き、最後に自分の考えでそれを判断した。合わせて二十問、答えはすべてこの通りであった。試験官たちは驚き、抜擢して第一とした。名前の封を開いてみると、進士の劉恕であった。私はこれによってこの人を慕い重んじるようになった。
解説
答案の中身ではなく、組み立ての順序が評価されています。**まず注と疏を挙げ、次に先の儒者たちの異なる説を引き、最後に自分の考えでそれを判断した。**定説、異説、そして自分。この三段が崩れません。しかも一問だけではありませんでした。**合わせて二十問、答えはすべてこの通りであった。**思いつきが冴えていたのではなく、型が身についていた。だから匿名でも見分けがつきました。**名前の封を開いてみると、進士の劉恕であった。**
この章句が説くこと
士の能く経義を講解する者は別に名を奏するを聴す其の中の一人対うる所最も精詳なり先ず注疏を具し次に先儒の異説を引き末に己が意を以て之を断ず凡そ二十問対うる所皆な然り順序学問
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