宋名臣言行録 / 後集巻十四・陳襄
常州運渠横遏震澤積水不得北入於江以為常蘇數邑民田之害者累世矣公以渠之丈尺對民田之步畝分授以浚深廣有制不月而成遂削望亭古偃而震澤積水乃克北流民害以除而田旱有溉豐穰嵗饗矣
新字:常州運渠横遏震沢積水不得北入於江以為常蘇数邑民田之害者累世矣公以渠之丈尺対民田之歩畝分授以浚深広有制不月而成遂削望亭古偃而震沢積水乃克北流民害以除而田旱有溉豊穰歳饗矣
書き下し
常州の運渠、横たわりて震澤を遏め、積水北のかた江に入るを得ず。以て常・蘇數邑の民田の害と爲る者、世を累ぬ。公渠の丈尺を以て民田の步畝に對し、分かち授くるに浚うを以てす。深廣制有り。月ならずして成る。遂に望亭の古偃を削り、震澤の積水乃ち克く北流す。民害以て除かれ、田旱にも溉ぐ有り、豐穰歲ミ饗く。
現代語訳
常州の運河が横たわって太湖をせき止め、たまった水が北の長江に流れ込むことができなかった。それが常州・蘇州の数県の田の害となることが、代々続いていた。陳襄は運河の長さを民の田の面積に対応させ、それを割り当てて浚渫させた。深さと幅には基準を定めた。ひと月とかからずに完成した。そのうえで望亭の古い堰を削り、太湖のたまり水はようやく北へ流れるようになった。民の害は取り除かれ、田は日照りのときにも水を引けるようになり、豊作を年々享受した。
解説
何代も放置された治水を、ひと月で終わらせた条です。仕掛けは配分にありました。**運河の長さを民の田の面積に対応させ、それを割り当てて浚渫させた。**受ける利益の大きさで、負担の量を決めています。だから不公平が出ず、進みが早い。そのうえで品質も揃えました。**深さと幅には基準を定めた。**割り当てだけでは、浅く掘る者が出ます。基準を先に決めた分だけ、監督が要らなくなりました。**ひと月とかからずに完成した。**
この章句が説くこと
常州の運渠横たわりて震沢を遏め積水北のかた江に入るを得ず以て常・蘇数邑の民田の害と為る者世を累ぬ公渠の丈尺を以て民田の歩畝に対し分かち授くるに浚うを以てす深広制有り月ならずして成る治水配分
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