韓非子 / 問辯第四十一
或問曰:「辯安生乎?」對曰:「生於上之不明也。」
新字:或問曰:「弁安生乎?」対曰:「生於上之不明也。」
書き下し
或るひと問いて曰く、「辯は安くにか生ずる。」対えて曰く、「上の不明に生ずるなり。」
現代語訳
ある人が尋ねた。「議論はどこから生まれるのか。」答えて言った。「上に立つ者が明らかでないところから生まれる。」
解説
議論が盛んなことを、韓非子は良い兆候と見ていない。上が基準を明示していないから、何が正しいかを言葉で争うことになる、という診断である。基準が明確なら、争う余地は無い。冷たい見方だが、組織の実感としては当たっている部分がある。何を評価するか、どこまでが許されるかが曖昧なとき、会議は長くなる。それぞれが自分の解釈を主張し、決着は声の大きさや立場で決まる。逆に基準がはっきりしていれば、議論は事実確認で済む。ただし、この論法は議論そのものを封じる方向にも使える。韓非子はまさにそちらへ進んだ。組織に持ち込むなら、議論が長引いているときに「上の基準が曖昧ではないか」と自問する道具として使うのがよい。議論を止める口実ではなく、原因を探す手がかりとして。
この章句が説くこと
基準の明確化弁基準社内政治曖昧不毛な議論
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