宋名臣言行録 / 後集巻十三・陳瓘
徐師川以才氣自負少肯降志於人常言吾於魯直為舅氏然不免有所切議至於了翁心誠服之忠宣范公晚年益以天下自任尤留意人才或問其所儲蓄人材可為今日用者答曰陳瓘又問其次曰陳瓘自好也宣和之末人憂大厦之将顛或問游定夫以當今可以濟世之人定夫曰陳了翁其人也劉器之亦嘗因公病使人勉公以毉藥自輔云天下将有頼於公當力加保養以待時用也其為士大夫所欽屬如此
新字:徐師川以才気自負少肯降志於人常言吾於魯直為舅氏然不免有所切議至於了翁心誠服之忠宣范公晩年益以天下自任尤留意人才或問其所儲蓄人材可為今日用者答曰陳瓘又問其次曰陳瓘自好也宣和之末人憂大厦之将顛或問游定夫以当今可以済世之人定夫曰陳了翁其人也劉器之亦嘗因公病使人勉公以毉薬自輔云天下将有頼於公当力加保養以待時用也其為士大夫所欽属如此
書き下し
徐師川才氣を以て自負し、少しも志を人に降すを肯んぜず。常に言う、吾魯直に於けるは舅氏爲り。然れども切議する所有るを免れず。了翁に至りては、心誠に之に服す、と。忠宣范公晚年益ミ天下を以て自ら任じ、尤も人才に意を留む。或るひと其の儲蓄する所の人材、今日の用と爲す可き者を問う。答えて曰く、陳瓘、と。又た其の次を問う。曰く、陳瓘自ら好し、と。宣和の末、人大廈の將に顛れんとするを憂う。或るひと游定夫に、當今以て世を濟う可きの人を問う。定夫曰く、陳了翁其の人なり、と。劉器之も亦た嘗て公の病むに因りて、人をして公に勉むるに醫藥を以て自ら輔けしめて云う、天下將に公に頼る有らんとす。當に力めて保養を加えて以て時用を待つべし、と。其の士大夫に欽屬せらるること此くの如し。
現代語訳
徐俯は才気を自負し、少しも人に志を下げようとしなかった。いつもこう言っていた。「私にとって黄庭堅は母方の伯父にあたる。それでも批判すべきところがあるのを免れない。だが了翁(陳瓘)となると、心から服している」。范純仁は晩年、いよいよ天下を自分の任務とし、とりわけ人材に心を留めていた。ある人が、蓄えている人材で今日の用に立つ者は誰かと尋ねた。答えて言った。「陳瓘」。さらにその次を尋ねた。言った。「陳瓘がやはりよい」。宣和の末、人々は大きな家がまさに倒れようとするのを憂えた。ある人が游酢に、いま世を救える人は誰かと尋ねた。游酢は言った。「陳了翁、その人である」。劉安世もまた、かつて陳瓘が病んだと聞いて、人をやって薬で身を養うよう勧めさせ、こう言った。「天下はいずれあなたを頼りにするでしょう。努めて養生に励み、世に用いられる時を待つべきです」。士大夫たちから敬われ心を寄せられることが、これほどであった。
解説
この章句が説くこと
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『政談』諸役人に器量を選ふ事其の仔細は上たる人は第一其の身貴く、其の地結搆なれは終に物の難儀苦労をせす、何事も心の儘なり、人の智は様々の難儀苦労をするより生するものなるに、左様なること無けれは智恵の生すへきやうなし、乱世の名将は生死の塲を経て様々の難儀をしたる故智慧あるなり、其の身の位貴けれは下々とは雲泥万里隔たる故、人の情に疎く下のことを知らす、常になるゝ人は皆な高位大禄の人なり、高位の人は高位の立ちまはり計を仕覚えて物云ひたる所、其の人の取り廻はし上たる人と能く相応する故、覚えす能く見ゆる、末々の者は高位の交はりをせす、立ちまはり物云ひまてふつゝかなり、又身高位ならねは上たる人のはだあひもの好きをも知らす、貴賤遥かに隔たる人の俄に呼ひ出たされてものを申す故、すぐに縮みて事の仔細をよく申しつくすこともならす、
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『政談』諸役人に器量を選ふ事此上に上たる人にゑりもとを見る心覚えすあるなり、富貴なる人を善きと見ては、貧賤成る人をは悪きと見ることは、もと女子わらべが怪きものあることにて之をゑりもとを見ると云ふ、上たる人などに箇様なる心有るまじきやうなれども、世末になるに従ひて、人の家筋極まりて上下別々になりたる世界なる故、高位大禄の人を善き人と思ひ、末々の者をはむしけらの如く思ふこと、上たる人にも免がれざる人情なり、此の上に又臣たる人には立身を好む利慾の心人情の免がれざる所なる故、何れも上の御機嫌に合はせ、上の御心を取らんと心懸くること甚たし、何程の名将にても下より之を一大事と心掛けて伺ひねらう所へ手前のものずき心の僻を見とられぬと云ふことなし、是亦人情の免がれがたき所なり、斯の如く様々の仔細によりて、手前の目かね手前の才智にて人の器量を知らんとするときは必す誤りあることなりと知るへし、
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『甲陽軍鑑』品第十四扨又一切の侍衆の内にも四人と、又高坂弾正が小眼より見立て候聞き給へ長坂長閑·跡部大炊助殿、一番に少しも戯げずして兵あり、二番に馬嫁にて兵あり、三番に利発にて臆病なる人あり、四番に馬嫁にて臆病なる人あり、一利発にて心の剛なる人をば世間の者憎むなり、一利発にて臆病なる者は人の機に入りて走り廻り近付き多し、一馬嫁にて兵は手抦をいたしても、あまり人が存ぜぬ者なり、馬嫁にて臆病なるをば人のなぶり者になり、結句衆人愛多し、
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『政談』諸役人に器量を選ふ事名将の目がねと云ふは戦塲にて功を立てゝ、器量ある人を多く見多く使ひて大抵すぢきつかけを覚えて、此のすぢきつかけにて見て大抵知るゝことなり、されば古の名将にも人の見違ひありてやりそこなひとも多きは大抵は知るゝやうなれども、我か覚えたるすぢきつかけはかりをひ、我が終に見覚えぬすぢきつかけは知らぬ故見損ひあることなり、然れば人を知ると云は兎角使ひ見て知ることなり、さはなくて我か目かねにて人を見んとせは、畢竟我かもの好きに合はする人を器量ありと思ふことなり、是れ愚かなることの至極なり、
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『新論』守禦今必ず天下の賢才を致さんと欲せば、士を取るの法、其の要を得ざるべからず。士を取るの法に曰く、敷き納るるに言を以てし、明らかに庶くするに功を以てし、車服以て庸ゆ、と。是のみ。天下の士皆敷納する所有るを得て、以て其の蘊む所を尽くし、平生鬱勃の気を泄らさば、誰か敢へて感激して争ひて其の言を陳べざらん。明らかに庶くするに功を以てすれば、則ち言底ひて行ふべく、智愚賢不肖能否以て判れ、空疎の士は冒進するを得ずして、謙譲廉退の風興らん。車服以て庸ゆれば、則ち実才ある者は実功を立てて、其の栄を受け、天下誰か其の大いに為す有るの志に敬応せざらん。此の如くなれば則ち天下の賢才尽く廟堂に集まり、天下の善を兼ねて、以て天下に布かん。天下誰か敢へて廟堂の重きを知りて之を敬戴せざらんや。
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