宋名臣言行録 / 後集巻十三・陳瓘
公智明慮逺通易數如靖康變故隆祐埀簾國家中興之事往往預言之士大夫間有親聞者
新字:公智明慮遠通易数如靖康変故隆祐埀簾国家中興之事往往預言之士大夫間有親聞者
書き下し
公智明らかに慮り遠く、易數に通ず。靖康の變故・隆祐の垂簾・國家中興の事の如きは、往往にして之を預言す。士大夫の間、親しく聞く者有り。
現代語訳
陳瓘は知恵が明らかで思慮が遠くまで及び、易の数に通じていた。靖康の変事、隆祐太后の垂簾、国家の中興といったことは、しばしばあらかじめ言い当てていた。士大夫のなかに、それを直接聞いた者があった。
解説
三十六字の短い条ですが、置かれている位置に意味があります。直前の条で、蔡京の人となりを最初のひと目で見抜いた話がありました。ここではそれが、易の数に通じていたという説明になっています。**知恵が明らかで思慮が遠くまで及び、易の数に通じていた。**言い当てた三件は、いずれも北宋の滅亡と南宋の成立です。そして伝聞で終わらせず、証人を添えました。**士大夫のなかに、それを直接聞いた者があった。**
この章句が説くこと
公智明らかに慮り遠く易数に通ず靖康の変故・隆祐の垂簾・国家中興の事の如きは往往にして之を預言す士大夫の間親しく聞く者有り易数に通ず予見易
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