宋名臣言行録 / 後集巻十三・陳瓘
公因朝㑹見蔡京視日久而不瞬嘗以語人曰京之精神如此他日必貴然矜其禀賦敢敵太陽吾恐此人得志必擅私逞欲無君自肆矣尋居諌省遂攻其惡京聞公言因所親以自解且致情懇而以甘言啖公公曰杜詩所謂射人先射馬擒賊須擒王不得巳也於是攻之愈力
新字:公因朝会見蔡京視日久而不瞬嘗以語人曰京之精神如此他日必貴然矜其禀賦敢敵太陽吾恐此人得志必擅私逞欲無君自肆矣尋居諌省遂攻其悪京聞公言因所親以自解且致情懇而以甘言啖公公曰杜詩所謂射人先射馬擒賊須擒王不得巳也於是攻之愈力
書き下し
公朝會に因りて、蔡京の日を視ること久しくして瞬かざるを見る。嘗て以て人に語りて曰く、京の精神此くの如し。他日必ず貴からん。然れども其の稟賦を矜り、敢えて太陽に敵す。吾恐る、此の人志を得ば、必ず私を擅にし欲を逞しくし、君を無みして自ら肆にせんことを、と。尋いで諫省に居り、遂に其の惡を攻む。京公の言を聞き、親しむ所に因りて以て自ら解き、且つ情懇を致して甘言を以て公を啖わす。公曰く、杜詩に所謂「人を射んとせば先ず馬を射よ、賊を擒えんとせば須らく王を擒うべし」。已むを得ざるなり、と。是に於いて之を攻むること愈ミ力む。
現代語訳
陳瓘は朝会の折に、蔡京が長いあいだ太陽を見つめてまばたきしないのを見た。かつてそれを人に語って言った。「蔡京の気力はこのようだ。いずれ必ず貴くなるだろう。しかし自分の生まれつきを誇り、あえて太陽に張り合っている。私が恐れるのは、この人が志を得たなら、必ず私意をほしいままにし欲望を遂げ、君主をないがしろにして勝手に振る舞うだろうということだ」。まもなく諫官の任に就くと、そのままその悪を攻撃した。蔡京は陳瓘の言葉を聞き、親しい者を通して弁解し、そのうえ真心を尽くすふりをして甘い言葉で陳瓘を釣ろうとした。陳瓘は言った。「杜甫の詩にいう、『人を射ようとするならまず馬を射よ、賊を捕らえようとするなら王を捕らえよ』。やむを得ないのだ」。そこで攻撃はいっそう力を増した。
解説
この章句が説くこと
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