宋名臣言行録 / 後集巻十三・陳瓘
公知其意遂問曰今日之事豈被㫖耶悈失措而應曰有尚書省劄子出示公劄子所行葢取尊堯集副本以為係詆誣之書合繳申毁棄也公曰然則朝廷指揮取尊堯集耳追瓘至此復欲何為
新字:公知其意遂問曰今日之事豈被旨耶悈失措而応曰有尚書省劄子出示公劄子所行葢取尊堯集副本以為係詆誣之書合繳申毁棄也公曰然則朝廷指揮取尊堯集耳追瓘至此復欲何為
書き下し
公其の意を知り、遂に問いて曰く、今日の事、豈に旨を被れるか、と。悈措を失いて應えて曰く、尚書省の劄子有り、と。出だして公に示す。劄子の行う所は、蓋し尊堯集の副本を取りて、以て詆誣の書に係ると爲し、繳申して毀棄するに合すとなすなり。公曰く、然らば則ち朝廷の指揮は尊堯集を取るのみ。瓘を追うて此に至らしめて、復た何を爲さんと欲するか、と。
現代語訳
陳瓘はその意図を見抜き、そこで尋ねて言った。「今日のことは、いったい詔を受けてのことですか」。石悈はうろたえて答えて言った。「尚書省の指令書があります」。そう言って取り出して陳瓘に示した。その指令書に書かれていたのは、『尊堯集』の副本を取り寄せ、それを誹謗の書に当たるとして、上申したうえで破棄せよ、ということであった。陳瓘は言った。「それならば、朝廷の指示は『尊堯集』を取り寄せるだけのことです。この瓘をここまで引き立てて、さらに何をなさろうというのですか」。
解説
刑具を並べられた側が、最初にしたのは書類の確認でした。**今日のことは、いったい詔を受けてのことですか。**その一問で、相手が崩れます。**石悈はうろたえて答えて言った。「尚書省の指令書があります」。**しかも自分から出して見せてしまいました。読んでみると、書いてあるのは提出と破棄だけです。**朝廷の指示は『尊堯集』を取り寄せるだけのことです。**根拠を出させれば、上乗せされた部分が浮かび上がります。**さらに何をなさろうというのですか。**
この章句が説くこと
公其の意を知り遂に問いて曰く今日の事豈に旨を被れるか悈措を失いて応えて曰く尚書省の劄子有り劄子の行う所は蓋し尊堯集の副本を取りて繳申して毀棄するに合すとなすなり然らば則ち朝廷の指揮は尊堯集を取るのみ瓘を追うて此に至らしめて復た何を為さんと欲するか根拠文書
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻十三・陳瓘公台州に謫せらる。朝廷遷人石悈を起こして州事を知らしめ、且つ闕に赴きて官に之かしむ。士論訩訩として、咸な以爲えらく、將に公に處分有らんとするなり、と。悈至りて果して揚言して公を怖れしむ。事を視るの次日、即ち兵官を遣わして突として居る所に来たり、行李を搜檢し、公を攝して郡庭に至らしめ、大いに獄具を陳ぬ。蓋し朝旨は尊堯の副本を取索するのみなるに、而して悈此を爲して以て相い迫脅せるのみ。
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『宋名臣言行録』後集巻十三・陳瓘因りて之に問いて曰く、君は尊堯の名を立つる所以を知るか。蓋し神考を以て堯と爲し、王上を以て舜と爲すなり。舜を助けて堯を尊ぶ。何ぞ詆誣と謂わんや。時の相は學術淺短にして、名分の義未だ甚だしくは講求せず。故に人の法とする所と爲る。尊堯を治むるの罪を請わしむるは、將に以て黨を結び寵を固めんとするなり。君の彼に得る所の者幾何ぞ。乃ち亦た公議を畏れず名分を干犯するか。請う、具さに瓘の此の語を申せ。瓘は將に顯かに誅戮に就かん。必ずしも刑獄を以て相い恐れしめざれ、と。悈公の言の畢わるを待たず、屢ミ揖して公を退かしむ。尋いで人に語りて曰く、敢えて其の説を引かざるも、尚お自ら此くの如し。良に畏る可きなり、と。繼いで又た公を僧舍に幽し、窘辱百端なり。公之に安んじ、以て撓と爲さず。悈も亦た終に害を爲す能わず。
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『宋名臣言行録』後集巻十三・陳瓘公、紹聖の史官專ら荊公の日録に據りて以て裕陵實録を修め、是非を變亂して信を傳う可からざるを以て、故に諫省に居りて首として其の事を論じ、日録辨を進め、實録を改めんことを乞う。又た合浦に竄責せらるるに因りて尊堯集を著し、深く誣妄を闢きて以て君臣の義を明らかにす。
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『宋名臣言行録』後集巻十三・陳瓘公復た曰く、上方に心を虚しくして以て公を待つ。公必ず以て上意に副う者有らん。敢えて問う、將に施行せんと欲するの叙、何事を先と爲し、何事を後と爲し、何事當に緩やかなるべく、何事當に急なるべきか。誰か君子と爲し、誰か小人と爲すか。諒に素定の論有らん、と。章竚思すること良や久しくして曰く、司馬光の姦邪、當に先ず辨ずべき所なり。此より急なるは無し、と。公曰く、相公誤れり。此れ猶お舟勢を平らかにせんと欲して、左を移して以て右に置くがごときなり。果して然らば、將に天下の望を失わんとす、と。
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『宋名臣言行録』後集巻十三・陳瓘章色を厲しくして公を視て曰く、光は母后を輔け、獨り政柄を宰り、先烈を纂紹せず、意を肆にして大いに成緒を改む。國を誤ること此くの如し。姦邪に非ずして何ぞ、と。公曰く、其の心を察せずして其の迹を疑わば、則ち罪無しと爲さず。若し遂に以て姦邪と爲して、其の已に行うを大いに改めんと欲せば、則ち國を誤ること益ミ甚だし、と。
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『宋名臣言行録』後集巻十三・陳瓘嘗て別試所の主文と爲る。林自蔡卞に謂いて曰く、聞くならく、陳瓘は盡く史學を取りて經に通ずるの士を黜けんと欲す。意は國是を沮壞して荊公の學を動搖せしめんと欲するなり、と。卞既に怒りを積み、此に因りて公を害し、遂に史學を禁絶せんことを謀る。計畫已に定まる。唯だ公の取る所の士を候ちて、疵を求め説を立てて之を行わんとするのみ。公固より其の此くの如きを預料す。乃ち前の五名に於いて悉く經を談じ、及び純ら王氏の學を用うる者を取る。卞發する無し。然れども五名の下は往往にして皆な博洽稽古の士なり。公嘗て曰く、當時若し矯揉無くんば、則ち勢い必ず相い激し、史學往往にして遂に廢せん。故に時に隨うは時を救う所以なり。必ずしも快を目前に取らざるなり、と。