宋名臣言行録 / 後集巻十三・陳瓘
章厲色視公曰光輔母后獨宰政柄不纂紹先烈肆意大改成緒悞國如此非姦邪而何公曰不察其心而疑其迹則不為無罪若遂以為姦邪而欲大改其巳行則悮國益甚矣
新字:章厲色視公曰光輔母后独宰政柄不纂紹先烈肆意大改成緒悞国如此非姦邪而何公曰不察其心而疑其迹則不為無罪若遂以為姦邪而欲大改其巳行則悮国益甚矣
書き下し
章色を厲しくして公を視て曰く、光は母后を輔け、獨り政柄を宰り、先烈を纂紹せず、意を肆にして大いに成緒を改む。國を誤ること此くの如し。姦邪に非ずして何ぞ、と。公曰く、其の心を察せずして其の迹を疑わば、則ち罪無しと爲さず。若し遂に以て姦邪と爲して、其の已に行うを大いに改めんと欲せば、則ち國を誤ること益ミ甚だし、と。
現代語訳
章惇は顔色を険しくして陳瓘を見て言った。「司馬光は母后を輔けて、ひとり政権を握り、先帝の遺業を受け継がず、思うままに出来上がった事業を大いに改めた。国を誤ることがこれほどである。よこしまでなくて何であるか」。陳瓘は言った。「その心を察しないで跡だけを疑うのであれば、罪がないとは申しません。しかし、それをそのままよこしまだと断じて、すでに行われていることを大きく改めようとされるなら、国を誤ることはいっそうひどくなります」。
解説
怒鳴られた相手への返し方が、この条の見どころです。全否定していません。半分は認めました。その心を察しないで跡だけを疑うのであれば、罪がないとは申しません。やった事だけを見れば批判の余地はある、と。認めたうえで、次の一手のほうを止めます。それをそのままよこしまだと断じて、すでに行われていることを大きく改めようとされるなら、国を誤ることはいっそうひどくなります。評価と対処を切り離しました。過去の是非より、これから何をするかだ、と。
この章句が説くこと
光は母后を輔け独り政柄を宰り先烈を纂紹せず意を肆にして大いに成緒を改む国を誤ること此くの如し姦邪に非ずして何ぞ其の心を察せずして其の迹を疑わば則ち罪無しと為さず若し遂に以て姦邪と為して其の已に行うを大いに改めんと欲せば則ち国を誤ること益ミ甚だし評価対処
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