宋名臣言行録 / 後集巻十三・陳瓘
紹聖初章申公以宰相召道過山陽公隨衆謁之章素聞公名獨請登舟共載而行訪以當世之務公曰請以所乘舟為喻乘舟偏重其可行乎移左置右其偏一也明此則可行矣章黙然未答
新字:紹聖初章申公以宰相召道過山陽公随衆謁之章素聞公名独請登舟共載而行訪以当世之務公曰請以所乗舟為喻乗舟偏重其可行乎移左置右其偏一也明此則可行矣章黙然未答
書き下し
紹聖の初め、章申公宰相を以て召さる。道山陽を過ぐ。公衆に隨いて之に謁す。章素より公の名を聞く。獨り舟に登り載を共にして行かんことを請う。訪うに當世の務めを以てす。公曰く、請う、乘る所の舟を以て喩と爲さん。舟に乘るに偏重せば、其れ行く可けんや。左を移して右に置くも、其の偏なるは一なり。此を明らかにせば、則ち行く可し、と。章黙然として未だ答えず。
現代語訳
紹聖の初め、章惇が宰相として召された。道すがら山陽を通った。陳瓘は人々に従って挨拶に出た。章惇はかねてから陳瓘の名を聞いていた。ひとり舟に乗せて同乗して行くように求めた。そして当代の急務について尋ねた。陳瓘は言った。「どうか、いま乗っているこの舟をもって喩えとさせてください。舟に乗るのに荷が片方に寄っていたら、進むことができましょうか。左のものを右に移したところで、偏っているという点では同じです。これを明らかにされれば、進むことができます」。章惇は黙ったまま、まだ答えなかった。
解説
初対面の宰相に、いま乗っている舟を喩えに使いました。目の前にあるものだから、否定できません。**舟に乗るのに荷が片方に寄っていたら、進むことができましょうか。**ここまでは誰でもうなずきます。次の一行が本題でした。**左のものを右に移したところで、偏っているという点では同じです。**新法から旧法へ、旧法から新法へ。振り子を反対に振ることは、是正ではない。相手の反応も書かれています。**章惇は黙ったまま、まだ答えなかった。**
この章句が説くこと
章素より公の名を聞く独り舟に登り載を共にして行かんことを請う請う乗る所の舟を以て喩と為さん舟に乗るに偏重せば其れ行く可けんや左を移して右に置くも其の偏なるは一なり偏り是正
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