宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹
東坡好戲謔語言或稍過公必戒之東坡每與人戲必祝曰勿令范十三知公舊行第十三也
新字:東坡好戯謔語言或稍過公必戒之東坡毎与人戯必祝曰勿令范十三知公旧行第十三也
書き下し
東坡戲謔を好む。語言或いは稍ミ過ぐれば、公必ず之を戒む。東坡人と戲るる每に、必ず祝して曰く、范十三をして知らしむること勿かれ、と。公は舊行第十三なり。
現代語訳
蘇軾は冗談を好んだ。言葉が少しでも度を越すと、范祖禹は必ずこれを戒めた。蘇軾は人とふざけ合うたびに、必ず念を押して言った。「范十三に知られないようにしろよ」。范祖禹は一族の並びで十三番目であった。
解説
三十六字の、この巻でいちばん軽い条です。戒める人がいると、場がどうなるかが書かれています。**言葉が少しでも度を越すと、范祖禹は必ずこれを戒めた。**その結果が、この一言でした。**范十三に知られないようにしろよ。**本人がいない場所でも、その名前が出ています。叱られるのが嫌でありながら、正しさは認めている口ぶりです。前の条で「講義は当代随一」と褒めた同じ人が、ここでは苦笑しています。
この章句が説くこと
東坡戯謔を好む語言或いは稍ミ過ぐれば公必ず之を戒む東坡人と戯るる毎に必ず祝して曰く范十三をして知らしむること勿かれ公は旧行第十三なり歯止冗談
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