宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹
東坡嘗曰淳夫講説為今第一言簡而當無一冗字長語義理明白而成文粲然得講師三昧也
新字:東坡嘗曰淳夫講説為今第一言簡而当無一冗字長語義理明白而成文粲然得講師三昧也
書き下し
東坡嘗て曰く、淳夫の講説は今を第一と爲す。言は簡にして當たり、一の冗字長語無し。義理明白にして文を成し、粲然たり。講師の三昧を得たり、と。
現代語訳
蘇軾はかつて言った。「淳夫(范祖禹)の講義は、当代随一である。言葉は簡潔で的確、無駄な一字も長ったらしい言い回しもない。道理は明白でありながら文章として整い、はっきりと輝いている。講義というものの奥義を得ている」。
解説
三十七字の評ですが、褒め方の順序に見どころがあります。まず短さと的確さ。**言葉は簡潔で的確、無駄な一字も長ったらしい言い回しもない。**次に、短くしただけではないことを付け足しました。**道理は明白でありながら文章として整い、はっきりと輝いている。**削ると痩せます。削ったうえで文になっている、という評です。文章家の蘇軾が、講義を一つの作品として見ていることが分かります。
この章句が説くこと
淳夫の講説は今を第一と為す言は簡にして当たり一の冗字長語無し義理明白にして文を成し粲然たり講師の三昧を得たり講義簡潔
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