宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹
講孟子今之樂猶古之樂孟子之心切於救民故勸齊王與民同樂而謂今之樂猶古之樂然世俗之樂鄭衞淫哇之聲非古先王之法豈可薦上帝配祖考降天神出地祇也今樂古樂如君子小人之不可同邪正之不可並如必欲以禮樂治天下國家則當如孔子答顔淵之言孔子所言者為邦之正道孟子所言者救世之急務此所以不同
新字:講孟子今之楽猶古之楽孟子之心切於救民故勧斉王与民同楽而謂今之楽猶古之楽然世俗之楽鄭衛淫哇之声非古先王之法豈可薦上帝配祖考降天神出地祇也今楽古楽如君子小人之不可同邪正之不可並如必欲以礼楽治天下国家則当如孔子答顔淵之言孔子所言者為邦之正道孟子所言者救世之急務此所以不同
書き下し
孟子の「今の樂は猶お古の樂のごとし」を講ず。孟子の心は民を救うに切なり。故に齊王に民と樂しみを同じくせんことを勸めて、今の樂は猶お古の樂のごとしと謂う。然れども世俗の樂、鄭衛淫哇の聲は、古先王の法に非ず。豈に上帝に薦め、祖考に配し、天神を降し、地祇を出だす可けんや。今樂と古樂とは、君子小人の同じくす可からず、邪正の並ぶ可からざるが如し。如し必ず禮樂を以て天下國家を治めんと欲せば、則ち當に孔子の顔淵に答うるの言の如くすべし。孔子の言う所は邦を爲むるの正道、孟子の言う所は世を救うの急務なり。此れ同じからざる所以なり。
現代語訳
『孟子』の「今の音楽は古の音楽と同じようなものだ」という一節を講義した。孟子の心は民を救うことに切実であった。だから斉の王に、民とともに楽しむようにと勧めて、今の音楽も古の音楽と同じようなものだ、と言ったのである。しかし世俗の音楽、鄭や衛のみだらな調べは、いにしえの先王の法ではない。どうしてこれを天帝に供え、祖先に配し、天の神を降ろし、地の神を招き出すことができようか。今の音楽と古の音楽とは、君子と小人が同席できず、邪と正が並び立てないのと同じである。もし必ず礼楽によって天下国家を治めようとするなら、孔子が顔淵に答えた言葉のとおりにすべきである。孔子の言ったのは国を治める正道であり、孟子の言ったのは世を救う急務である。これが二人の言葉が同じでない理由である。
解説
この章句が説くこと
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