論語 / 憲問篇
子曰:「晉文公譎而不正,齊桓公正而不譎。」
新字:子曰:「晋文公譎而不正,斉桓公正而不譎。」
書き下し
子曰く、晋の文公は譎にして正しからず、斉の桓公は正しくして譎ならず。
現代語訳
先生がおっしゃった。「晋の文公は権謀を用いて正道によらず、斉の桓公は正道によって権謀を用いなかった。」
解説
覇者として並び称される二人を、一語ずつで対比している。どちらも成功者だが、手段が違う。孔子は結果ではなく手段で二人を分けた。文公のほうが実際には成功していたともいわれるが、評価は逆になっている。成果で評価するなら区別できないものを、手段で見ることによって区別している。この評価軸は、実務でも意識して持つ価値がある。同じ売上、同じ達成率でも、どうやって取ったかで意味が変わる。無理を通したのか、筋を通したのか。前者は再現できず、しかも後で代償が来る。ただし、手段を評価軸に入れるには、経緯を知っている必要がある。数字は自動的に集まるが、手段は意識して聞かないと見えない。評価の場で「どうやって」を問う習慣があるかどうかが、この軸を持てるかを決める。
この章句が説くこと
覇者手段評価軸譎正道
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