宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹
元祐七年邇英閣對公奏臣伏觀仁宗在位四十二年豐功盛徳固不得而名言所可見者其事有五畏天愛民奉宗廟好學納諌仁宗行五者於天下所以為仁也
新字:元祐七年邇英閣対公奏臣伏観仁宗在位四十二年豊功盛徳固不得而名言所可見者其事有五畏天愛民奉宗廟好学納諌仁宗行五者於天下所以為仁也
書き下し
元祐七年、邇英閣に對す。公奏す、臣伏して觀るに、仁宗在位四十二年、豐功盛德は固より名言するを得ず。見る可き所の者は、其の事五つ有り。天を畏れ、民を愛し、宗廟を奉じ、學を好み、諫を納る。仁宗五者を天下に行う。仁爲る所以なり。
現代語訳
元祐七年、邇英閣で天子に応対した。范祖禹は奏上した。「臣が謹んで見ますに、仁宗は在位四十二年、その豊かな功績と盛んな徳は、もとより言い尽くすことができません。見て取ることができるものとしては、その事が五つございます。天を畏れること、民を愛すること、宗廟を奉ずること、学を好むこと、諫言を受け入れること。仁宗はこの五つを天下に行われました。それが『仁』と呼ばれるゆえんです」。
解説
四十二年の治世を、五語にたたんだ奏上です。まず言い尽くせないと認めてから、絞りました。**その豊かな功績と盛んな徳は、もとより言い尽くすことができません。見て取ることができるものとしては、その事が五つございます。**業績ではなく、続けた態度が挙げられています。天を畏れ、民を愛し、宗廟を奉じ、学を好み、諫言を受け入れる。そして諡号の由来を、この五つに結びました。**それが『仁』と呼ばれるゆえんです。**手本を渡すために、まず要約しています。
この章句が説くこと
仁宗在位四十二年豊功盛徳は固より名言するを得ず見る可き所の者は其の事五つ有り天を畏れ民を愛し宗廟を奉じ学を好み諫を納る仁宗五者を天下に行う仁為る所以なり要約手本
関連する章句
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論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
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論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
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論語・憲問篇「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
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