宋名臣言行録 / 後集巻十三・范祖禹
禁中下開封覔乳母十人公在告聞之即上疏曰陛下未建中宫而先近幸左右好色伐性傷於太早陛下承天地宗廟社稷之重守祖宗百三十年基業為億兆之父母豈可不愛惜聖體哉
新字:禁中下開封覔乳母十人公在告聞之即上疏曰陛下未建中宫而先近幸左右好色伐性傷於太早陛下承天地宗廟社稷之重守祖宗百三十年基業為億兆之父母豈可不愛惜聖体哉
書き下し
禁中開封に下して乳母十人を覓む。公告に在りて之を聞く。即ち疏を上りて曰く、陛下未だ中宮を建てずして、先ず左右に近幸す。色を好み性を伐つこと、太だ早きに傷む。陛下天地・宗廟・社稷の重きを承け、祖宗百三十年の基業を守り、億兆の父母爲り。豈に聖體を愛惜せざる可けんや。
現代語訳
宮中から開封府に指示が下って、乳母十人を探させた。范祖禹は休暇中にこれを聞いた。ただちに上疏して言った。「陛下はまだ皇后をお立てにならないうちに、先に身近な者を近づけておいでです。色を好んで生まれつきの性を損なうこと、あまりにも早すぎるのが痛ましい。陛下は天地・宗廟・社稷の重きを受け継ぎ、祖宗百三十年の基業を守り、万民の父母でいらっしゃいます。どうしてお体を大切になさらずにいられましょうか」。
解説
劉安世が同じ件で諫めたのと同じ話が、別の人の筆で出てきます。ここでも入口は間接の情報でした。**宮中から開封府に指示が下って、乳母十人を探させた。**しかも本人は休暇中です。それでも上疏しました。順序の狂いを一行で指します。**まだ皇后をお立てにならないうちに、先に身近な者を近づけておいでです。**そのうえで、体を私物ではないところに置き直しました。**祖宗百三十年の基業を守り、万民の父母でいらっしゃいます。**
この章句が説くこと
禁中開封に下して乳母十人を覓む公告に在りて之を聞く陛下未だ中宮を建てずして先ず左右に近幸す色を好み性を伐つこと太だ早きに傷む祖宗百三十年の基業を守り億兆の父母為り豈に聖体を愛惜せざる可けんや諫言順序
関連する章句
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論語・憲問篇陳成子、簡公を弑す。孔子、沐浴して朝し、哀公に告げて曰く、「陳恆、其の君を弑せり。請う之を討たん。」公曰く、「夫の三子に告げよ。」孔子曰く、「吾大夫の後に従うを以て、敢えて告げずんばあらざるなり。君曰く、『夫の三子に告げよ』と。」三子に之きて告ぐ。不可なり。孔子曰く、「吾大夫の後に従うを以て、敢えて告げずんばあらざるなり。」
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呂氏春秋・達鬱③管仲、桓公を觴し、日暮れたり。桓公之を樂しみて燭を徴む。管仲曰く、「臣、其の晝を卜するも、未だ其の夜を卜せず。君以て出づ可し。」公說ばず、曰く、「仲父年老いたり。寡人、仲父と樂しみを為すこと將た之を幾たびかせん。請う之を夜にせん。」管仲曰く、「君過てり。夫れ味に厚き者は、徳に薄く、樂しみに沈む者は、憂に反る。壯にして怠れば則ち時を失い、老いて解れば則ち名無し。臣乃ち今將に君が為に之を勉めんとす。若何ぞ其れ酒に沈むや。」管仲は能く行いを立つと謂う可し。凡そ行の墮るるや樂しみに於いてす。今樂しみて益々飭す。行の壞るるや貴に於いてす。今主留まらんと欲するも許さず。志を伸べ理を行い、貴樂に變を為さず、以て其の主に事う。此れ桓公の霸たりし所以なり。
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葉隠・聞書第一諫言(かんげん)の道に、我(われ)其の位(くらい)にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤(おあやまり)直(なお)る様にするが大忠(たいちゅう)なり。此の階(かい)の為に諸人(しょにん)と懇意(こんい)する所なり。我が為にすれば追従(ついしょう)なり。一方(いっぽう)は我等(われら)荷(にな)ひ申す心入(こころいれ)からなり。成程(なるほど)なるものなり。
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荀子・大略篇人の臣下たる者は、諫むること有るも訕ること無く、亡ること有るも疾むこと無く、怨むこと有るも怒ること無し。
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葉隠・聞書第一御縁組(ごえんぐみ)の時、何某(なにがし)一分(いちぶん)を申し達し候。この事、若き衆(しゅう)よく心得(こころえ)置くべき事なり。その身(み)気味(きみ)よく思うて、云(い)ふべき事を云うて腹切(はらき)りても本望(ほんもう)と思ふべし。よくよく了簡(りょうけん)候へ、何の益(えき)にも立たぬ事なり。我(われ)かやうの事を云うて腹切りても本望と思ふは、なるほど聞(きこ)えたり。曲者(くせもの)などと思ふは以(もっ)ての外(ほか)なる取違(とりちが)ひなり。まづ申し出でたる事その詮(せん)なく、我が身は引き取り、御養育(ごよういく)も仕(つかまつ)らず、追付(おっつ)け御死去(ごしきょ)なされ候に、御看病(ごかんびょう)も仕らず、残念千万(ざんねんせんばん)なり。気過(きす)ぎなる人は多分(たぶん)誤(あやま)る所なり。総(そう)じてその位(くらい)に至らずして諫言(かんげん)するは却(かえ)つて不忠(ふちゅう)なり。誠(まこと)の者ならば、我が存(ぞん)じ寄りたる事を似合(にあ)ひたる人に潜(ひそ)かに内談(ないだん)して、その人の思ひ寄りにさせて云へば、その事調(ととの)はるなり。これ忠節(ちゅうせつ)なり。もし、内談にてその人請(う)け合はずば、また外(ほか)の人にも内談し、とかく色々心遣(こころづか)ひをして、その事さへ調はるる様にすれば、大忠節(だいちゅうせつ)も知れぬ様にして居るものなり。幾人(いくにん)に内談しても、埒(らち)明かざる時は力に及ばず、その分(ぶん)にて打ち過ぎ、または起こし立て起こし立てすれば、多分叶(かな)ふものなり。我こそ曲者と云はるる名聞(みょうもん)ばかりにて、我が手柄(てがら)にするゆゑ調はざるなり。申し出でたる事益には立たず、人に難(なん)ぜられ、我が身を崩(くず)したる人数多(あまた)これあるなり。畢竟(ひっきょう)真(しん)の志(こころざし)なきゆゑなり。我が身を一向(いっこう)に捨て捨てて、主君の上(うえ)どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛(まぎ)るる事はこれなく候なり。
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